2013/11/02

私的書評

$私は書きたい

日本人でただ一人のハリウッド経営者になったソニー・ピクチャーズ元社長の野副正行氏が、
その映画ビジネスの悪戦苦闘と成功について振り返った本だ。

キャッチーすぎるぐらい分かりやすいタイトルに引かれて手に取ったが、
私を含めて、映画というビジネスに興味がある人は特に読み応えがある内容だろう。
自分が観た映画の背景に、これほどのドラマがあることに改めて驚かされる。

ハリウッドというと世界的に開かれた人材の集まる場所というイメージがあるが、
野副氏が本で指摘するように閉鎖的な村社会という面もあるという。
それは、私も中国や台湾、香港の映画関係者を取材する時に感じたことで、
「村の一員」と認識されるかどうかがけっこう重要で、
そうすればかなり自由に動き回れてビジネスチャンスも広がるが、
いつまでたってもよそ者でいては、美味しい話にはそうそうありつけないのである。

野副氏は、ソニー本体から、映画事業のてこ入れに送り込まれたサラリーマン社長でありながら、
そのハリウッド社会に見事に適合した人で、本書はその貴重な体験をストレートに語ってくれている。

特に面白かったのは、ソニー・ピクチャーズが配給した「セブンイヤーズ・イン・チベット」という映画が、中国政府の怒りを買って、ソニー・ピクチャーズの作品どころか、ソニー全体の製品まで中国から閉め出されそうな危機的状況に追い込まれた時のことだ。

その際、解決策としてソニー・ピクチャーズが、中国政府のなかにいる強硬派を納得させられる論理を必死に考え抜き、そのなかで、こうした摩擦が起きるのは文化的な立場の違いがあって避けられないことではあるが、「閉ざされているゆえに外に発信できない」という中国の悩みを解決できるように、できるだけ中国と共同製作の映画をつくっていくことで相互理解を深めていく、という方針を伝え、中国政府の態度の軟化を引き出した、というくだりだろう。

この解決法の考え方は、私のように中国政府の厚い壁に苦しんでいる日本のメディアにとっても、かなり参考になるものではないだろうか。結局は向こうの土俵で戦う以上、向こうのロジックに合わせた行動を取るしかない。そのなかで自分たちの利益を確保することが企業の命題なのである。

野副氏は、不況にあえぐ日本企業が立ち直ってグローバルな競争のなかで生き残るには、スピードのある意思決定と国際化が必要であり、そのことを自分の体験から伝えるために本書を執筆したと語っている。本書で紹介される野副氏のソニー・ピクチャーズ立て直しの成功はその理想を実践する日々から生まれたことが分かる。

私も日々、日本企業社会で働いていつくづく思う。一つの小さなビジネスを始めるために数ヶ月の社内手続きを要求されたり、外国人を一人雇うにも人種差別としか思えない対応を見せる人々を見ていると(我が社のことではないですよ~、念のため。笑)、野副氏に叱りにきて欲しいと思えてしまう。

© 2024 Nojima Tsuyoshi