2013/11/04

台湾

台北故宮の日本展で浮上した「國立」という名称問題

 来年日本で開かれる台北故宮の展覧会のため、台北の故宮博物院と、東京国立博物館、九州国立博物館による調印式が今月16日、台北で行なわれた。新聞を中心に各メディア大きなスペースを割いて報道したので、そのニュースを目にした方も多かったと思う。

 ただ、この報道のなかで、いささか奇妙な点があったことに気づいた方はどれぐらいいただろうか。

 それは、展覧会の名称である。今回の展覧会の名称は「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」。しかし、各メディアの報道は「台湾の台北・故宮博物院展が開かれる」となっている。一方、日本の新聞社には自社主催のイベントをやる前には紙面で社告によってその内容を告知する習慣がある。一部メディアの社告では「國立故宮博物院」という表現が使われていた。

 読売新聞の17日付け朝刊21面の特設面につけられた展覧会の社告の下に、こんな「おことわり」があった。

「社告にある故宮博物院の表記は、東京国立博物館、台北の故宮博物院、日華議員懇談会が決めたものです。台湾に関する本紙の編集方針に変わりはありません」

 産経新聞も同じ日の16面の特設面の社告横に「おことわり」を掲載し、「展覧会名は公式名称を表記しています」としている。新聞社にとって「おことわり」を出すというのは比較的重要なケースにおいて取られる対応である。

 ただ、朝日新聞の紙面には「おことわり」などはなく、記事のなかで、記事上の表記としての「台北・故宮博物院」と、イベントの正式名称としての「國立故宮博物院」を使い分けていた。

 これは、日本における台湾報道の制限と絡んだ措置として取られた対応だ。日本には、主要な新聞・テレビなどのメディアは台湾のことについて、台湾を国家と認めるような表記はしないというルールがある。だから普通は「台湾政府」「中華民国」「台湾の国民」といった表現を使うことを控えている。

 しかし、具体的な固有名詞である展覧会名についてはその表記を変えるわけにはいかない。そんなわけで苦肉の策として、記事のなかでは「台北・故宮博物院」とか「台北故宮」と従来のルール通り記述し、社告などでは「國立故宮博物院」と書いているのである。そのうえで、ルール破りだと思われないように「おことわり」をつけたのだろう。ルール破りだということで不満に思う可能性があるのは、言うまでもなく、台湾が国家であることを認めていない中国政府であることは想像がつくだろう。

 筆者はメディアに籍を置いているが、編集部門にいるので、今回の故宮日本展の名称問題の背後にどんなやりとりがあったのか知る立場にはない。ただ、台北故宮の名称問題は、過去に何度も持ち上がった台北故宮の日本展において「國立」を外さない台湾と外して欲しい日本との間で問題化し、ボトルネックになってきたことは知識として知っている。今回、「記事と社告は別」という形の解決策でメディア各社が足並みをそろえたところは実に興味深い。

 ちなみに台湾の故宮の「國立」という名称問題には、中国も頭を悩ますことが多い。北京にあるもう1つの故宮と、台北の故宮との間で進んでいる「両岸故宮」の交流においても、両故宮で共同の展覧会を行なう場合、本当ならば両博物院同士が展覧会の契約書に調印するだけでいいのだが、台北故宮の方が正式名称である「國立」を使うことを求め、北京故宮が「國立」の名称の使用を認めないため、北京と台北の故宮は直接契約を交わすことができない。

 そのため、第三者の報道機関や文化団体に北京故宮から文物を貸し出し、その第三者から台北故宮に貸し出すという面倒くさい「迂回作戦」を取らなければならなくなる。

 その点で注目すべきは、今回、東京国立博物館と九州国立博物館が台湾の故宮との展覧会の正式名称に「國立」の名称を認めたところであろう。本来日本政府の組織である国立博物館は中国と台湾をめぐる名称問題に対して神経を使う立場にあり、1つの大きな決断だったのではないだろうか。

*国際情報サイト フォーサイト に執筆したものです。

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