2014/12/19

書評

台南ブームを象徴する『移民台南』『樂居台南』(天下雑誌)

*本文は「もっと台湾」の「ジャーナリストの薦める台湾ブック」に執筆したものです。


台湾における台南という土地について考えるとき、常に私の脳裏に浮かぶのは歴史と小吃(シャオチー)である。

はっきりいって、台北や高雄では、台湾の歴史はわからない。それに比べて、台南には台湾の歴史がショーケースのように詰まっている。17世紀以降、オランダ、清朝、日本という三つの外来政権が台湾を統治した。たとえば、オランダ時代はゼーランディア城1、清朝時代は孔子廟2、日本時代は台南警察署や台南気象台などの建築や遺跡を、それぞれ台南の地に足跡として残している。

軽食、おやつ、と訳されることが多い小吃だが、私は、この言葉をどう日本語に訳したいいかわからない。おやつとは違う。軽食といっても、小吃の中にはボリュームのあるものもある。屋台料理というのも違う気がする。屋台でも店舗でも小吃はある。単にどう売るかの違いにすぎない。ただ、台南の小吃はとにかくウマい。これは断言する。

台南にはいろいろ独特の小吃がある。サバヒー粥「虱目魚粥」、牛肉スープ「牛肉湯」、台湾海老フライ「蝦捲」など、何を食べてもやたらにおいしい。牡蠣オムレツ「蚵仔煎」など台北でも食べられる料理でも、何かが根本的に違う気がする。それがなんだかわからない。「本場」というのは、そういうものなのだろう。

いま、台湾では台南ブームが起きている。台南の地価は急上昇中だ。小吃の有名な店はどこも行列ができる。ストレスに満ちた忙しい台北に比べ、ロハスで文化的な生活が営める台南ライフへの人気が高まっているためで、台南出身者のUターンや非台南出身者の移住が急激に増えたのだ。国内の観光地としても注目を集め、なかなかホテルの予約が取れなくなり、カフェや土産物屋も次々と出店している。

そんなブームをあてこみ、台南本が続々と出版されている。

台南好きの私としても、できるだけ立ち読みも含めていろいろ目を通してみると、魚夫3という作家が書いた『移民台南』と『樂居台南』に代表される台南本がほかの人たちが書いたものとちょっとばかり違うことに気づいた。どこか華があるのである。売れ行きも、ほかの本より上を行くという。

魚夫は、台湾の漫画家であり、評論家でもある。テレビの司会も務め、大学の先生でもあった。ちょっとした知識人としてそれなりの地位を確立していた、といえるだろう。それなのに、50歳になる直前、台北生活との決別を決意し、台南に「移民」してしまった。

その台南で自らが発見した美味や建築について、自分のイラストと一緒にうんちくを傾けながら紹介している本である。ただ、単なる紹介ではなく、背景や歴史が1,000字ぐらいでまとめられていて、普通のガイドブックにはない深さがあり、普通のエッセイにはないガイド的な情報もある。いささかレトロなタッチの魚夫のイラストがまたいい。写真もところどころにそえられているのだが、料理などは写真よりも絵の方がおいしそうに見えてしまう。

よく魚夫と対比されるのが、台南在住の作家・王浩一4だ。『慢食府城』や『漫遊府城』(いずれも心霊工房)などを出版しているが、王浩一の本が歴史解説などの重点が置かれているのに比べ、魚夫はより社会の深層に届きたいという気持ちが強いのではないだろうかと想像する。魚夫は『移民台南』の序文でこんなふうに台南との出会いを書いている。

「台南に引っ越したとき、友人が会いにきた。短パンとビーサン姿だ。えらく適当な感じで、私はいちおう有名人だし、こんなんでいいのかと思った。しかし、しばらくすると、短パンやビーサンを売っている店を探し出して買ってしまった。猛暑の南方では、この格好はまさに戦闘服なのである」

短パン、ビーサンによって魚夫は「自由を味わった」のだという。そう、魚夫の台南ライフは短パンでビーサンをはきながらロハス気分で自分の足で稼いだ情報にあふれているのだ。

『樂居台南』で、魚夫は台南で味わえるのは「軽量幸福」であると指摘している。もちろん、「軽量」というところがミソだ。

幸福にはいろいろある。たくさん貯金をして、高級マンションに住み、食べきれない豪華な料理を味わい、黒塗りで革張りの車を乗り回す。休みには海外のリゾートに行く。そんな台北的な「重量幸福」に比べ、台南で感じる幸福はもっと簡単で、手軽で、お金がかからない。しかし、幸福は確かにある。そんな意味を込めて、魚夫は「軽量幸福」という巧みな表現を用いている。

面白いのは、魚夫も王浩一も台南人ではないところだ。『台南的樣子』(有鹿文化)というヒット作を書いた王美霞も、台南に嫁いできた外地の人。なぜだか台南人は台南の本を書かず、台南以外の人が台南の本を書く。

台南人は魚夫や王浩一のことをあまりほめない。「金儲けのうまい外から来た作家たち」のような感覚で、いささか冷たい目で見る人もいる。ただ、台南が広く世に紹介され、「台南いいね」と言われることはうれしい。そんな台南人の複雑な心境は、わかるような、わからないような、なかなか微妙なところがある。

出版の台南ブームは日本にも波及している。今年7月にはヤマサキタツヤというイラストレーターが『オモロイ台南』(KADOKAWA/エンターブレイン)を出版。『私の箱子〔シャンズ〕』を書いた一青妙による『わたしの台南』(新潮社)も月末の刊行を待っている。また、台南在住の大洞敦史という若者が書いた『台湾環島 南風のスケッチ』(書肆侃侃房)という本も台南について詳しくページを割いて書いている。

従来、日本における台湾紹介の本も台北が圧倒的に多く、台南は冷遇されてきた。それは台湾においても同じ状況であった。その意味で、台湾でも日本でも「台南の逆襲」現象が起きていることは間違いなさそうだ。

© 2024 Nojima Tsuyoshi