新党首「朱立倫」は国民党の救世主になれるか

*国際情報サイトフォーサイトに執筆したものです。

 台湾の与党・国民党に、新しい党主席が誕生した。朱立倫・新北市長である。馬英九のあとを担う国民党の新世代リーダーといわれて10年。53歳という脂の乗り切った年齢でようやく出番が到来と思ったら、かなり厳しい局面での登場となった。心中、さぞ複雑なことだろう。いま、大きな問いが朱立倫には向けられている。それは「国民党の救世主になれるか」ということである。

 それはとりもなおさず、5月には決めなくてはならない国民党の総統候補に朱立倫がなるのかどうか、という問題に帰結する。

火中の栗は拾わず?

 1月19日、正式に党主席に就任した朱立倫は、さっそく就任演説で中台関係について、「両岸(中台)関係の急速な発展のなかで、お互いの社会構造の大きな違いから生まれる心理的な部分での影響や、経済交流のなかの不公平な利益配分について、真剣に厳格に向き合わないといけない」とし、馬英九政権下での中台関係の速すぎる接近が社会の不満を呼んでいる世論を意識して見せた。馬総統のメンツをつぶしかねない話をさらっと語ってみせるところが朱立倫の上手いところだ。

 朱立倫がなぜ次の指導者に早くから有力視されていたのかは、ひとえに、その優秀さと血統の良さによる。年齢は馬英九総統より11歳若い。「最も若い立法委員」「最も若い県長(知事)」など、常に政界の記録を塗り替えてきた。選挙では立法委員、桃園県長、新北市長と負け知らず。さらに、父親は大陸から渡ってきた外省人だが、母親は地元・桃園の名家出身の本省人で、子供のころから台湾人社会の中で育ったので、馬総統と違って台湾語も流暢だ。妻の高家は台南の政治家一族で、南部の本土派にも地盤を持つ点も有利だ。

 まさに次世代の星だったのだが、巡り合わせが悪かった。11月の台湾統一地方選で国民党は歴史的大敗を喫した。その建て直しを任されることになったが、国民党内の動揺は続いており、必ずしも最善のタイミングでの登場とは言えない。

 台湾の多くの政治関係者からヒアリングをしたところ、8割以上が「朱立倫は2016年の総統候補になろうと思っていない」という回答だった。これは、国民党陣営、民進党陣営両方で一致した見方だ。その理由もこれまた一致していた。「今回は勝ち目がないから、出たくない」ということに尽きるらしい。

 いまモメンタムは民進党の側にあるのは確かだが、国民党関係者が総統選での敗北を半ば覚悟している感覚がここまで広がっているのにはいささか驚かされた。朱立倫は国民党にとって最も強いカードである。朱立倫自身もそのことをよく理解している。だからこそ火中の栗は拾いたくないのだろう。

シナリオの不確定要素

 では、仮に朱立倫が出ないとすれば、国民党から出てくるのは、ほぼ間違いなく、呉敦義副主席(現・副総統) である。呉敦義がかねてから総統に野心を持ち、朱立倫をライバル視していたことは広く知られている。しかし「負け戦」が濃厚な選挙でも、呉敦義は出てくるのだろうか。

 この点については意見が分かれた。民進党の長老格の人物は、「負けると分かっていても出てくる。自分にとって最後のチャンスだと分かっているからだ」と指摘する。一方、国民党の中堅の立法委員は、「出ないと思う。彼は機を見るに敏な男。負け戦は戦いたくないはずだ」と述べている。筆者の見方はというと、呉敦義はチャンスがあれば勝ち負けは別に出ると思う。年齢的にも66歳となっており、今回が最後のチャンスである以上、賭けに出るはずである。

 しかし、朱立倫には2020年がある。態勢を整え、力をためて戦うには2020年のほうがふさわしい――そんな計算に立てば朱と呉の思惑が一致したことになり、両者の暗黙の了解のもと、呉敦義を総統候補として朱立倫国民党主席が支えるという構図があっという間に組み上がるはずだ。

 ただ、このシナリオにはいくつかの不確定要素もある。まず、国民党の立法委員や長老たちが、勝ち目の薄い呉敦義の出馬に懸念を抱き、朱の擁立に一気に傾いたとき、朱が拒めなくなり出馬に追い込まれるという事態である。

 さらには、民進党の候補者になることが有力視されている蔡英文や民進党自体に何らかの問題が生じて民進党の選挙の勢いに暗雲が漂ったとき、朱の考えが変わる可能性もある。

 いずれにせよ、朱立倫は国民党の救世主になれるのかという問いに対する回答は、短期的には「難しい」と言えるだろう。国民党が党勢回復を1年で成し遂げるのは難しい。ただ、朱立倫がその先である2020年を見ているとするなら、それは決して不可能な道ではないかもしれない。(野嶋 剛)

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