南シナ海「米中対立」の原点は台湾海峡にあり

*国際情報サイト「フォーサイト」に11月6日に執筆したものを転載します。

 今回の米艦の南シナ海南沙諸島における行動で、米国と中国との間に、海上での軍事行動をめぐる明確な認識の違いが浮かび上がった。航行の自由を掲げる米国に対し、中国の主な反論は「領海内に立ち入るには、主権国の許可を得なければならない」というものだ。中国が埋め立てを進める人工島に領海が設定できるかどうか、という国際法上の問題は別にして、もともと「領海を含む自国近海での軍活動の制限」は、1950年代の「台湾解放」をめぐる中台緊張のなかで、台湾防衛に介入する米国を阻止しようと中国が掲げた主張でもあった。

 米国の海上覇権をアジアで削り取ろうとする中国。南シナ海での米中確執の背後には、冷戦期から続く半世紀を超えた根深い対立がある。中国の習近平国家主席と、台湾の馬英九総統との歴史的会談が今週土曜日(11月7日)、かなり慌ただしい状況のなか、シンガポールでセットされたが、緊迫する南シナ海情勢に背中を押された中国が、南シナ海の「9段線」を1940年代に定めた中華民国(台湾)を引き寄せておこうという思惑を働かせたと見ることも可能だ。

 米アジア太平洋の安全保障の基本構図として、何らかの有事が発生した場合、米軍が最短時間で駆けつけるという「前提」がアジア太平洋のパワーバランスを支えている。中国が米軍の活動に制限を加えることができるとなれば、「抑止力」という言葉で表現される米国への信頼性が低下し、日本や台湾、東南アジアの安全保障環境が大きく揺さぶられる問題に発展しかねない。

 今回の問題の淵源の1つは、1958年8月に起きた「第2次台湾海峡危機」だ。台湾が支配する金門島に中国から猛烈な砲撃が行われ、金門防衛のため、米国は第7艦隊を派遣し、軍需物資の補給などで台湾・国府軍をサポートした。その危機の最中である同年9月、中国は「領海に関する声明」を発表する。台湾や金門、南シナ海の島々はすべて中国の領土であり、その領海は12カイリとすること、そして、その領海内に他国の軍隊は中国の許可なくは立ち入ってはいけないことを、世界に向けて宣言したのである。ちなみに、この声明と、いわゆる「9段線」「U字線」と呼ばれる南シナ海をすべて「中国の海」とするような「歴史的権利」の主張には大きな矛盾が生じており、その整合性をどう整理するかについては中国内でも長く論議が続いている。

 いずれにせよ、この方針は現在まで中国の海洋戦略の基本軸の1つになっており、今回、中国の行った米国への反論も同じ文脈で読むと分かりやすい。当時、この「領海に関する声明」はさほど効果を発揮したわけではなかったが、その後、中国は国連海洋法条約の導入の旗ふり国の1つになり、できるだけ国際法の枠組みを使って米国の海洋支配に制限をかける方針を取った。1996年の台湾総統選をめぐる台湾近海へのミサイル発射でも、米第7艦隊の空母2隻が台湾海峡に派遣されて台湾の安全が確保された。このように、海上覇権をめぐる米中の対立は主に台湾海峡情勢をめぐって展開されてきたが、ここにきて、その主舞台を南シナ海に移していると見ることもできる。

 海洋覇権国としての米国にとっては、世界のどこにでも米軍が出現できる状況を維持することが国家目標になっている。1979年に自由航行計画(Freedom of Navigation Program)を定め、航行の自由が制限されそうな事態になったとき、米国はその海域にテスト性の艦船・航空機派遣を行い、自由航行が制限されていないかどうか確認を行うことにしてきた。これまで、その行動は1度も制約されることはなかった、という。中国が防空識別圏を設けたときにB52爆撃機を飛ばしたこともその一環だった。米国議会が国連海洋法条約の批准を認めないのも、この自由航行の原則が制約を受けて米国の国益が損なわれることへの懸念があるためと見られる。

 南シナ海における米海軍の行動もこの自由航行計画の一環であるが、中国海軍が米艦に警告、追跡を行ったことが自由航行の妨害行為であると米国が認定するかどうかは微妙なところで、今後何度か似たような「テスト」を繰り返す可能性もある。米艦が中国の実効支配する島以外の他国の支配する島の「領海」にも今回立ち入っていることは、自由航行を制限するいかなる例外も認めないという米国の強い意思を明確化させる目的なのだろう。

 領海内ではいわゆる「無害通航権」を認めることが国連海洋法条約の建前だが、中国は前述のように領海内に外国の軍隊が立ち入る場合は、中国の同意を得てからでないと認められないとの立場を取っている。ただ、国連海洋法条約では、この同意事項については是とも非ともしておらず、中国の主張が完全に法的な論拠を持っているわけではない。

 米国の行動の直接の引き金になったのは、中国が活発に進める南沙諸島の埋め立て、人工島での軍事施設や港湾施設の整備という一連の中国の行動であることは言うまでもない。外国同士の領有権問題には介入しない、という米国の伝統的アジア政策のスキを突かれたと見ることも可能で、その点ではオバマ政権が後手に回った部分は否めず、米国が自由航行計画を発動させたことで、中国の領有権支配の既成事実化が完全に覆せるわけではない。

 だが、実質的な問題として、中国が南シナ海を「中国の海」として影響力を増すことをいかに抑え込むかを考えれば、米軍の自由航行の実効性をまずは確保しておく意味は小さくないだろう。南シナ海をめぐる米中のゲームは始まったばかりだ。それは、米国の海洋覇権に対する中国の挑戦の始まりであり、台湾海峡をめぐる米中確執の再戦の始まりでもある。

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