2011/08/21

中国

清明上河図について、ちょっとまとまった文章を出すつもりで、ここ1~2週間、いろいろ調べている。
中国絵画の名作ということは知っていたし、簡単な記事を書いたこともあった。
しかし、調べてみると、本当のところ、何も知らなかったということが分かった。

一応、北宋時代に首都の開封を描いたとされているが、
作者の張択瑞という人がどんな人か分からない。
どの時代に書かれたかも、決定打となる証拠がない。
名称だって「清明上河図」なのかどうか、本当ははっきりしていない。
清明節の河の上流の図という意味だと思っていたが、必ずしもそうとも言い切れないらしい。

絵をめぐるヒストリーもなかなか刺激だ。
歴史的に宋代から清代まで本当に多くの人の手に渡ってきて、
5回に渡って王宮に収蔵・流出を繰り返した。
持ち主は30回以上変わったとされている。
1950年代に戦後中国の芸術史で最大の発見と言われる形でドラマチックに発見され、
いまは北京の故宮博物院に収蔵されている。
一方、写本や模本もたくさん描かれていて、
台北の故宮博物院には「清院本」というものが収蔵されているし、
ほかにも何種類も「清明上河図」が存在している。

いったい、これはどういうことなんだろう・・・
調べれば調べるほど、ナゾが深まっていく感覚である。
こういうテーマには、なにか惹きつけられるものを感じる。
しばらくはまりこんで調べてしまうかも知れない。

これは極秘情報(笑)なんだけど、
もしかしたら、北京の故宮にある清明上河図が、来年、日本に来るかも知れない。
それに備えるためにも、ちょっと本気で勉強してみます。
いい資料があったら、ぜひ教えて下さい!

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© 2021 Nojima Tsuyoshi