2012/03/31

台湾

2007年に新聞社の特派員で台湾にいたときのこと。
映画好きの支局の台湾人の助手の女の子から、
「すごくいいから、支局長、絶対観て下さい」
と半分無理矢理、DVDを手渡された。
それが「練習曲」だった。青い空の下で自転車に乗って走る若者の写真がカバーに載っていた。

$私は書きたい

映画は2007年の台湾映画ナンバーワンのヒット作品ということだった。
正直、それほど自転車に関心はなかったが、
特派員として台湾の流行文化は知っておきたかったので観てみることにした。

監督は、台湾きっての名監督・侯孝賢のもとで長く撮影担当の助監督を務めた陳懐恩。
ストーリーは至極単純で、ギターを背負った聾唖の若者が、自転車で台湾1周を目指す。正直、エンターテイメントなのか、ドキュメンタリーなのか、判断がつきにくいほど淡々とした展開。若者が台湾の各地で自転車に乗りながら多くの人々に巡り会う様子をひたすら写していく。2時間の映画で1時間ほど観て眠くなり、翌日また気分を取り直して残りの1時間を見終わった。

私は自転車では台湾を一周したことがない。2010年に台湾での特派員生活を終える直前に自動車で台湾を時計回りに一周したことはある。

その時に思ったのは台湾という土地の多様性だった。
特に東西南北の海岸はそれぞれ雰囲気が違って、北部は火山岩が多いせいか、とんがった山や岩が多い。東にいくと、ひたすらまっすぐの海岸線で、断崖絶壁のところも多い。西は砂や泥の海岸がひたすら広がっている。南は、東南アジアのように木々が生い茂った雰囲気の景観となっている。だから単調すぎて景色に飽きる、ということがない。

距離にしても一周でおよそ千キロときりも良く、自転車で一周するのは本当に適したコースだと言うことができる。

映画として評価すれば、悪くはないが、エンターテイメント性にやや物足りなさを感じる。しかし、台湾にこれだけ美しい土地があり、心温かい人々が暮らしている、という映像に込められたメッセージは、恐らく監督としてはその点を最もアピールしたかったのだと思うが、しっかり伝わってきた。
 映画のなかで、どうしても忘れられない主人公のひと言があった。

「いま、やらなければ、一生できないことがある」
旅の途中で出会った女性から「どうして台湾一周を?」と尋ねられた主人公は、手話によって、そんな風に自分の思いを明かした。

私はいま40歳を過ぎたところで、子供のころや青年のころ、やりたかったことでやれたこともあるし、やれなかったこともある。やれなかったことでも、心に秘めて、「いつかは」と思っていることもあるが、きっともう永遠に届かないこともある。
誰の心の中にでもあるそんな部分に、ぐさっと刺さるひと言だった。

聞いたところでは、このひと言で、自分も台湾一周にチャレンジしたり、あるいは、ほかの夢にチャレンジするきっかけになったという人がたくさんいたという。

この映画は、このセリフを聞くだけで観る価値のある一本である。

© 2021 Nojima Tsuyoshi