ときどき同業者の書いた記事に「記者冥利に尽きる」という言葉があるのを見つけると、「何言ってんだろう」と冷ややかな気持ちになることが多かった。

あちこち訪ね歩き、文章を書く。そんな記者の日常そのものが楽しく、特にどれかを特別に「記者冥利に尽きる」という風に感じたことはなかった。

ところが、今回、たぶん生まれて初めて「記者冥利に尽きる」と感じる体験をした。

朝日新聞に入って最初に赴任した土地は佐賀だった。それまで一度も訪ねたことがなかった県で、人口も少なく、ニュースもあまりないところだったが、なぜかとても気に入って、3年間の任期は楽しくあっという間に過ぎていった。

そんな佐賀での記者生活の締めくくりに佐賀版に書いた連載が「肥前の職人衆」だった。
佐賀でいろいろな伝統文化を担っている職人たちを一人ずつ取り上げる企画だった。
佐賀にいた3年間の総決算のつもりで頑張って書いて、原稿に「へたくそ」と文句ばかりつけられていたひげ面のデスクに初めて「良く書けてたな。面白かった」とほめられた。

その連載の一回で書いたのが、佐賀の伝統銘菓「逸口香」を作っている佐賀県嬉野市塩田町にある中山製菓舗。先日、九州に行ったときに「逸口香」を食べたことはこのブログでも書いたが、そのとき、お店に入ると、入口の一番目立つ場所に連載「肥前の職人衆」の記事が飾ってあったのだ。

そのとき話を聞いたご主人もいて、「覚えてるなんてもんじゃないです」と言いながら、こんな話をしてくれた。

「この記事が出たときは本当にうれしくて、何しろ記事の文章がすごく良かったんです。取り上げられた最初の記事で、そのあと、地元のテレビ局や雑誌などがぽつぽつ取材に来るようになって、最近ではANAの機内誌にも紹介されて、東京の人からも注文が入るようになりました。とにかく野嶋さんの記事がすごく良かったので、いつも飾って来た人には読んでもらって、私もときどき読み返しているのです」

自分でも、文章を読みなおしてみた。拙いところはあるが、気持ちがこもっていて、文章も練り上げられていて、いまの自分にも書けるかどうかわからないほどのいい記事だった。

当時1994年。デジタルなんて言葉もない時代で、この記事は会社のデータベースにも入っていないし、ネットで検索しても記事は出てこない。それでも、17年前に書いた一本の記事がこうやっていまも生かされていることに自分のことながら感動して、「これが記者冥利に尽きるということなんだな」と納得した。

記者は年間に何十本、何百本と書く。しかし、書かれる相手には一生に一度のことかもしれない。だから一本ずつ心をこめて書きなさい。そんな入社直後に誰かから言われた教わったことが、改めて脳裏によみがえった。

© 2021 Nojima Tsuyoshi