劉亜洲という人民解放軍上将の「劉亜洲国家思考録」という本が最近、香港で出版されて話題になった。

どうもこの本、実際には劉自身が出版を許可したわけではなく、過去に劉亜洲が発表したさまざまな言論を勝手に集めて本にしてしまった香港にありがちな「ゲリラ出版」の類いのようだ。それでも、劉亜洲という人物の言動は常に注視されてきたうえ、習近平に近いとされていることから、全人代前のこの敏感な時期の出版の背後に思惑があるのかとつい想像をたくましくしてしまう。

劉亜洲の血筋は抜群にいい。父は劉建徳という解放軍の古参幹部、しかも妻の李小林は李先念・元国家主席の娘だ。空軍畑が長く、現在は国防大学の事実上のトップにあたる政治委員の一人で、昨年には上将に出世している。太子党の有力者であるが、単なる二世軍人というわけではない。解放軍のなかで際だって筆の立つ男として知られている。

劉亜洲は中国作家協会に所属し、1980年代に数多くの長編小説を出版した。その後は政治や中国社会に対する鋭い批評を行っており、「政治改革」「反腐敗」などでは鋭い筆致と思考で厳しく現状を指弾している。いったい軍人がどうしてここまで大胆に書けるものかと巷では不思議がられてきた。

例えば過去に劉亜洲はこんな発言をしている。

「中国には真理がないわけではない。真理を容認する土壌がないだけだ」

「民族の命運を決めるのは軍事力と経済力だけではない。文明の型式そのものが決定するのだ。民族の生存のために我々は政治体制改革を進めなくてはならない」

言論弾圧を受ける知識分子の主張かと見間違ってしまう。2010年には鳳凰週刊という雑誌でこんなことも語っている。

「10年内に権威政治から民主政治への転換は不可避的に起きるだろう。中国は大きな変化が出現する。政治体制改革は歴史が与えた使命であり、我々に退路があることはあり得ない」

「一つの政治体制がもし公民に自由に息を吸わせないなら、それは必ず滅亡につながる」

インターネットでは「劉亜洲」という文字が禁止検索ワードになったこともあったほどだ。胡錦濤は劉亜洲の奔放な言論に不快感を持っていたとされ、2003年に中将に昇格した劉亜洲が10年も上将になれなかった一因ともされている。その劉亜洲の上将昇格の背後には、近い関係にあるとされる習近平の影を見る向きは少なくない。

一方で、劉亜洲は自らのことを「骨の髄までの共産党員」「徹底的な愛国者」「CIAは私をブラックリストに入れている」などと語っており、体制内改革論者であることで、一定の自由な発言空間を確保しているようである。

いずれにせよ、劉亜洲は人民解放軍のなかで公にコメントをする限られた軍人たちのなかでも最もランクの高い一人であり、今後言動が極めて注目されるべき人物であることは間違いない。

*国際情報サイト「フォーサイト」に掲載したものです。

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