2013/03/13

中国

「中国の食品安全不安が招いた香港粉ミルク騒動」

1日から乳児用粉ミルクの持ち出しが制限された香港。広東省深圳の中港境界などで初日から早くも違法な持ち出しが相次いで検挙された。中国本土と香港を行き来する「運び屋」が香港で粉ミルクをまとめ買いして中国に運んでしまうため、香港で粉ミルクの品不足を招き、香港人の間で不満が強まっていたことに対する措置だったわけだが、この問題に対する中国国内の反応が面白かった。

そもそも香港では自由貿易を標榜する伝統から、貿易にこうした制限を加えることには慎重な姿勢を取っている。それでも今回ばかりは子供を抱える香港人の反中感情に火がつきかねないため、香港政庁としても異例の措置に踏みきった形となった。

この問題の背景にあるのは、中国の食品安全の問題だ。中国では粉ミルクならぬ毒ミルク事件が相次ぎ、国内産の粉ミルクに対する不信感がぬぐいがたいものとなっている。香港から運ばれる粉ミルクが高値で取引されるため、運び屋ビジネスが隆盛を極めてしまった。

中国では、いわゆる「憤青」と言われる愛国的若者を中心に香港批判も出てはいるが、一方で、ウエブ上での知識人たちの反応を洗い出してみると、必ずしも香港批判一色ではなく、むしろ自国の食の安全をおろそかにしてきた中国の現状への反省を求める声が目立っていた。

「中国の食品安全不安が招いた香港粉ミルク騒動」

「世界GDP第2位の国が、1人っ子にさえ安心してミルクを飲ませることができないなんて。こんな犠牲を払ったGDPに何の意味があるのか?」

「香港のミルク制限に国中が騒然としているが、自分の問題に立ち返るべきだ。超大国を自称するならなぜ安心して飲める粉ミルクをひと箱も作り出せないのか」

「三鹿事件からこれだけ時間が経過しているのに、乳製品にどんな改善があったのか」

「三鹿事件で処分された役人が国家食品薬品監督管理局の副局長に去年出世した。中国で問題を起こした企業も、権力に守られ、批判は封じ込められている」

「中国は牛乳が足りないのではなく、安全が足りないのだ。そして、政府と制度に安心感がないことが問題だ」

三鹿事件とは、河北省に本社を置く三鹿集団という企業が、粉ミルクに有害物質メラミンを混入して大勢の乳幼児に健康被害を引き起こしたことだ。その後も「伊利」や「蒙牛」などの代表的ミルク会社の製品に相次いで問題が発覚し、現在、中国では7割以上の人が「中国産の粉ミルクを子どもに飲ませたくない」と考えているとされる。中国人の粉ミルク買い占め問題は隣のマカオやヨーロッパでも問題になっており、中国の食の安全問題がいわばグローバルな騒動を巻き起こすのだからすごい話だ。

三鹿事件で処分された官僚は出世しているし、問題を起こした企業も三鹿は倒産したが、ほかの企業は大きな処分も受けていない。香港の粉ミルク持ち出し制限を批判する前に、自らの食の安全をどうにかせよという主張は議論としては健全なものだと思う。中国における食の安全問題への軽視の背後に、党・政府・企業の癒着があることを疑う中国社会の声の大きさを、こうした反応から感じる。

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