2013/07/13

その他

内藤湖南について、毛馬内の人は「鹿角市先人顕彰館」という施設のなかで、
湖南にまつわる多くの展示品を集めてくれている。
ここでは、湖南顕彰会の勝田会長と、顕彰館の小田嶋館長が応対して下さった。
湖南については、2012年に、雑誌「東京人」で記事を発表した。
内藤湖南が、日本に現存する貴重な中国美術品の多くの招来において、
アドバイザー兼コーディネーターとして大きな役割を果たしてきたことを、
人脈図などをつけて書いたものだったが、顕彰会の方で注目して下さっていたようで、
「こういう観点から書かれたものはあまりなく、大変いい刺激になりました」という言葉を、
勝田会長からいただいた。
書き手としては、現地の専門家からこう言って戴くのは実に嬉しい。

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内藤家三代の写真があった。
いずれも、聡明で、一本筋の通った人の顔をしている。

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湖南が好きだったとされる四字熟語の「日進無疆」の額。
この言葉、簡単に調べてみると、墨子が孔子を評した言葉が源らしい。
日々、学び続ける姿勢を指している。
「疆」というのは、果てとか境界を意味している。
そういえば、新疆ウイグルの疆はここから来ているのだと気づいた。

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「日進無疆」は、湖南の母校である十和田小学校の碑文にもあった。
湖南は学び続けた。子供のころから、新聞記者時代、京都大学時代、そして京都大学を退官したあとは、終生の住まいに選んだ恭仁山荘において。
常に頭にあったのは「日進無疆」の精神であったことは、想像に難くない。

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