2013/09/10

中華文明

中華圏の「簡体字・繁体字」論争に思う

中国では半分の人間は繁体字を読めないらしい。もう中華文明は中国大陸で死んだも同然だ」

 繁体字とは、香港、台湾などで使われる伝統的な漢字のことである。一方、中国では識字率向上のために簡体字が使われている。導入から半世紀以上も経過して簡体字はすっかり定着し、知識層以外は繁体字が読めないのが現状だ。

 香港の人気俳優・黄秋生が中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で最近つぶやいたこの言葉に、中国人は当然反発した。「中国には13億の人口がおり、繁体字の方がマイナーではないか」「香港も中国の一部なら簡体字を導入せよ」など反発が広がった。一方、繁体字サイドの香港・台湾からは「繁体字こそ本当の漢字であり、中華文明の伝統を受け継いでいる」と反論が出ている。

 中華圏における簡体字と繁体字の論争は「簡繁之争」と呼ばれ、何年かに1度は繰り返されているので「ああ、またか」と思う半面、同じ漢字を日常的に使用する日本人として、この繁体字と簡体字の問題について考えてみたくなった。

 日本人は5世紀の漢字渡来以来、長きにわたって「漢字」を使ってきた。いまも言語のなかで日常的に漢字をそのままの形で用いる中華圏以外の唯一の民族だ。コリア語にもベトナム語にも漢字の表現は残っているが、表記は別の表音文字に取って代わられている。漢字は何と言っても表意文字。そのまま漢字を使ってこその漢字である。

 私は大学の交換留学で20歳のとき、香港中文大学に留学して中国語を学んだ。そこで覚えたのは繁体字。大学を卒業し、新聞社に入って、30歳のときに中国の廈門大学に留学した。毎日使っていたのは簡体字である。

 その後、新聞社の特派員として派遣されたのはシンガポールと台湾だが、シンガポールでは簡体字、台湾では繁体字の世界で生活した。これほど簡体字と繁体字の両方の世界を行ったり来たりしている日本人は珍しい方である。

 そんな私に言わせてもらえれば、簡体字と繁体字は確かに多くの違いがあって文字によってはまったく別の文字に近い形になっているものもあるが、結局のところ、どちらも漢字であり、外国人から見れば、簡体字の中国人や繁体字の台湾人・香港人が感じるほどの大きな違いはない。つまり、黄秋生の言う、「中国人が繁体字を理解できないから、華夏文化を失っている」というのは正確な主張とは言えない。

 ただ、黄秋生の指摘のなかで漢字を文化と結びつけた点は正しい。中国大陸で漢字が成立してから少なくとも3000年を超える長い歴史がある。その間に成し遂げられた知的、文化的な創造は漢字によって行なわれ、漢字によって集積されてきた。中国の文化ほどその言葉を愛し、文字を愛するものはなく、中国人は漢字の国であることを誇りとした。その意味で、漢字こそが中国の文化であり、漢字の問題には真剣に向き合わなくてはならない。

 かつて毛沢東は、漢字のローマ字化を推進しようとしたが断念した経緯がある。その影響もあって簡体字については行き過ぎた簡略化が見られる。日本人の目から見ても、いくつかの簡体字の文字は漢字としての生命力、表現力を失っている。中国において識字教育が一定の目的を達成したいま、これらの文字は修正されるべきだろう。

 例えば馬は「马」と書く必要はないし、電の「电」にも違和感がある。習近平国家主席の名前も「习近平」より「習近平」の方が、ご本人も格好いいと感じるのではないか。

 一方、繁体字については、確かに漢字の伝統を守っているが、やはり現代人の感覚からすると難しすぎる文字が多すぎる。例えば台湾の「湾」は繁体字では「灣」だが、簡体字では「湾」で日本語でも「湾」だ。「灣」を漢字で覚える意味などあるだろうか?

 将来的には簡体字の簡単すぎる部分と、繁体字の難しすぎる部分をそれぞれ修正し、新しい漢字「新体字」を作ってはどうかと思う。中国、台湾、香港、世界から漢字問題の有識者を集めて研究すればいい。そして、そこにはできれば日本もオブザーバーで参加し、外国人としてのアドバイスと同時に、日本語における漢字をサンプルとして提供することもできる。もちろんこれは1年や2年で完成できることではない。10年、20年をかけていい作業だ。簡体字がいいか繁体字がいいかで言い争うより、よほど夢があるし、後世の人々に対する貢献となるに違いない。

*国際情報サイト「フォーサイト」に執筆したものです。

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