2013/11/20

私的書評

$私は書きたい

面白かった。本当に。こんなに面白かったエッセイは久々。
エッセイのことをよく「珠玉のような」という宣伝文句を出版社はつけるものだが、この本については許せる。実際、朝日新聞出版はそうやって紹介していた。それはそれでどうかと思うけど。

このエッセイが週刊朝日に連載されていたとき、台北支局にいたので、毎週、週刊朝日を送ってきたはずだが、ほとんど読んでいなかった。
理由は戸越銀座というタイトルにあったと思う。
というのも、東京にまともに暮らしたことがほとんどなかったので、
戸越銀座といわれても、埼玉とか千葉あたりの銀座もどきの商店街のことかと勝手に思い込み、
あまり読もうという気にならなかったからだ。

しかし、いまは違う。中目黒に住んで、いまは大井町。
けっこう戸越銀座が生活圏に入ってきているので、内容が実感をもって分かるようになった。
中原街道を境に、戸越銀座と、武蔵小山の商店街が別世界のようになっているなんて記述のあたりは、「確かに本当にそうだ」って同感できるようになった。

内容の良さは、著者の正直さに尽きる。正直すぎて、怖い。
この人に書かれるものは、すべて裸にされるような気がする。そして、それが許されているのは、40歳、未婚で、実家に戻ったという自分を裸にしているからで、
自分という一枚看板で書いているから他人も裸にできるのだろう。

だから書かれていることの鋭さに、ときどき、ブルっと震えるところが出てくる。
そこまで書かなくてもと、自分でも筆を抑えてしまいそうなことでも、ずんずん書いている。
それでもこの人は優しい人なんだと思う。厳しいが、裁いてはいない。

猫の愛し方は正直ちょっとついていけないところではあるが、自分でも常軌を逸していることを分かっていながら突き抜けて書いているので、嫌な感じはしない。

読んでいて、連載終了後、4年ぐらいが経過していることに気づいた。
書籍化するにあたって著者がいろいろ考えながら文章をさらに寝かせて育てるため、
かなり時間がかかったようだ。そういうところにも著者の誠実さを感じる。

© 2019 Nojima Tsuyoshi