2014/02/17

台湾映画

台湾映画「セデック・バレ」「海角七号」などでヒットを飛ばし、台湾映画界の新星としての地位を確立した魏徳聖監督がプロデューサーを務める最新作「KANO」に対して、親中国の論調で知られる新聞「中国時報」が、「日本統治時代を美化するものだ」と攻撃を加えている。

「KANO」のテーマは、日本統治時代の1931年、台湾から日本人と台湾人、そして先住民の混合チームで甲子園に出場した嘉義農林高校が準優勝した実話をもとにしたもので、「セデック・バレ」で先住民の頭目として印象深い演技を魅せた俳優の馬志翔が初監督を務めている。

永瀬正敏が日本人の監督役を演じ、3月から台湾で公開され、日本の大阪国際映画祭でもオープニング作品に選ばれ、その中身に注目が集まっているのだが、中国時報による批判は、今後の展開によっては台湾社会を二分する議論になりかねない問題を孕んでおり、少々危惧しているので、早めに伝えておきたい。

2月12日に、中国時報のオピニオン面で「淡江大学副教授」の林金源という学者が「「KANOは台湾の主体性を腐蝕させる」というタイトルの文章を発表した。

要約すると以下のような内容だ。

「この作品は野球によって日本人や台湾人が融合し、台湾の美しい時代を再現する、というテーマになっているが、嘉義農林野球チーム十数人の話により、数十万人の台湾人が命をかけて抵抗し、日本軍に惨殺された歴史を冷酷にも葬り去っている、と指摘している。
族群の融合は結構だが、前提として侵略者の徹底的な謝罪があるべきだ。第二次大戦が終わってから日本はまだ両岸の中国人に謝罪、賠償を行っておらず、尖閣諸島を不法占拠し、台湾を反中に引き込もうとしている。
日本から台湾が返還されて60年が過ぎたが、日本を懐かしむ感情は減らないどころか増えており、抗日戦争8年の苦難と両岸同胞の犠牲が顧みられていない。」

また、1月には別の人物の「KANOはセディック・バレを忘れた」というタイトルの評論記事で、作品のなかで、台湾でのダム建設で活躍した技師八田与一も登場させていることについて、「日本の植民地統治のなかでの近代化建設を突出させ、(霧社事件で残酷に毒ガスで反乱を鎮圧した)日本の植民地統治について陰に陽にごまかしをしている」と指摘している。

ここから考えるべき問題点は二つあって、台湾で最近話題になった日本統治時代の表記で侵略批判的な「日拠」とするかニュートラルな「日治」とするかという議論のなかで、映画「KANO」の立場は「日治」に立とうというものだが、これらの記事の立場は「日拠」という立場になっている。これは、台湾社会が国民党政権になって目立つようになった論議である。

一方、中国時報の日本たたきはこの一年ほどかなりしつこく続いていて、中国でビジネスを展開するお菓子メーカー旺旺が経営権を握った後の中国時報は、中国との関係強化を「社論」としており、その一方で、日本への厳しい論調が顕著になっている。このKANOたたき的なキャンペーンも、中国時報の方針として意図的に発信していると見ることができそうだ。

中国時報の記事
KANO腐蝕台灣主體性
時論─KANO忘了賽德克‧巴萊

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復活した台湾映画「セデック・バレ」
魏徳聖監督が来日

 

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