かつてのソ連で、こんな古典的なジョークがあった。収容所に3人の男がいて、1人が「私の罪は同志カガノーヴィチ(スターリンの側近)を批判したことです」と言った。もう1人が「私の罪は同志カガノーヴィチを賛美したことです」と言った。そこにいた最後の1人に、2人が「君は?」と聞いたら、「私がカガノーヴィチだ」と答えたという話である。

 これは、あらゆる人間を逮捕してしまうスターリン時代に象徴される粛正の大規模さ、無差別性を表現したもので、3人目の人物はポポフだったり、フルシチョフだったり、いろいろと入れ替わるのだが、ジョークそのものの出来がいいので今日まで語り継がれている。

 1989年6月4日に起きた天安門事件の25周年が近づく中国で、いま起きているのは、このジョークのような状況ではないかということが中国の微博(ウェイボー、中国版ツイッター)でささやかれていて、なるほどと思った。

 中国で著名な人権派弁護士である浦志強が、先週、北京の公安当局に拘束された。天安門事件の真相解明を求める非公開の研究会に出席した後だった。ほかにも数名が拘束されたという。節目を控えて、当局が神経をとがらせていることが理由であることは確かだろう。

 一方、浦志強がこれまで周永康・共産党前政治局常務委員を「国民に災難をもたらし、天下を害した」などと厳しく批判してきたことも関係があるかどうかも気になるところだ。

 このところ、周永康派だった元四川省副書記の李春城など「親・周永康派」の政治人物や経済人が相次いで捕まっている。まるで外堀を埋めるようなやり方で、いずれ本丸まで届く日も近いと多くの人が信じている。

 一方、浦志強のような「反・周永康派」まで捕まってしまった。これでもしも本当に周永康が捕まることになれば、さきほどのジョークが今日の中国で再現されてしまうという、いささか笑えない状況になる。

 浦志強は日本にも知己が多い。今回の拘束に懸念を表明する動きも日米など各地で出ている。昨年、浦志強が来日したときに、築地で一緒にうどんすきを食べたのだが、豪快でストレートな気持ちのいい人で、「こんなおいしいものなら、中国に進出させたい」と冗談で笑い合った。「天安門事件の真相解明と腐敗の追放はどちらも実現しないといけない」と語っていた。

 浦志強の拘束については、天安門事件のことも、周永康問題のこともあろうが、習近平政権の言論締め付けという大きな構図の一環でもある。

 最近、中国のベテラン女性フリーランス記者・高瑜も機密情報漏洩の疑いで拘束された。習近平政権の性格は「反知識分子・庶民路線」の色彩を日増しに強めている。ぜいたく禁止令を徹底的に実施したり、自ら食堂で肉まんを食べたりする行動は、庶民層にはかなり受けがいい。周永康派を叩き潰すというやり方も、巧みに世論の反応を計算したうえでのことだろう。

 一方で、中国の言論界やメディア界には、このところ無力感が漂い、あきらめて口を閉ざす人も増えている。それでも口を閉ざさない人は、1人ひとりつぶされていく。浦志強らの拘束によって、さらに知識人の言論には重い足かせがつなげられたようになってしまうだろう。

*国際情報サイト 「フォーサイト」に執筆したものです。

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