2014/07/24

中華文明

故宮の日本展にからんで、NHKスペシャルが故宮について二夜連続で取り上げていた。
ビデオをとっていたので、この週末、ゆっくりと見ることができた。
さすがNスペと思わせるところも多く、大変興味深かったが、二日目のほうで、特に象牙の多層球がどのように作られているかについて考察を加えていたところにはいくつか疑問点もあり、自分の考えを整理するためにも、少々書いておきたい。

象牙の多層球とは、故宮にある工芸品の極みとも言える17層とも21層とも言われる象牙の球体の加工品だ。恐らく、見た者を最も驚かせる故宮文物の一つで、Nスペでは、その技術が、実際にはヨーロッパ伝来かも知れない、という仮説をもとに、当時の清朝皇帝だった康煕帝がいかに海外の技術を受け入れながら、中国的な文化に変貌させていったかという流れで取り上げていた。

象牙の技法の由来がヨーロッパというのは初耳だったので、あれこれ調べていみたら、「故宮学術季刊」という台北故宮の刊行物に、「象牙球所見之工藝技術交流」という論文をみつけた。2007年に、台北故宮器物処の学芸員である施静菲という人が発表しており、これがこの番組のタネ本になったとみて間違いない。ネットでは登録制のサイトで無料で読めるようになっている。論文目録のリンク

論文にざっと目を通してみると、確かに、ヨーロッパ伝来の旋盤の技術が、象牙球の革命的な技術革新をもたらしたことが、なかなか精緻な研究で立証されている。論文によれば、神聖ローマ帝国時代に南ドイツで広がった工作機械の旋盤が、18世紀に清朝に伝わったという。また、ドイツでも多くの多層球が製造され、現存していることも紹介していた。
 故宮の象牙加工が、欧州オリジナルということになれば、それなりにインパクトのある話であるし、一つの説としてはたいへん面白い。象牙の多層球については、製法は象牙工房の「秘の秘」とされてきたのだが、それが欧米の工作機械だったとなればなおさらだ。
 ただ、Nスペでは時間の問題もあったのか、いくつかの疑問点には十分に答えておらず、これだけでは「新説」ということで完全に立証されたとは言えない印象を持った。
 例えば、従来の故宮や中国文化界の定説では、象牙の多層球は元代から作られていて、当時は10層もいかないレベルだったが、だんだんと層の数を増やしていって清代にその技術が清朝皇帝の庇護のもとで開花したという理解がされていたが、元代以降清代以前の多層球がどのように作られていたのかについては言及されていなかった。ただ、施静菲の論文では、ほとんど現代に残っている多層球は清代に製造されているので、その点の矛盾は説明できるという立場だ。
 また、番組では康煕帝が主導して欧米から導入した工作機械の技術で多層球を製造させていたという解釈だったが、工作旋盤が献上されて中国に入ってきた時期は康煕帝の在任中の最後の数年だったようで、康煕帝をそこに主導者として登場させるのは無理があるのではないかと感じた。
 こんなことを調べていたら、藤田令伊というアートライターの方のブログで「ドイツの多層球はせいぜい3~5層のシンプルな構造で、層と層のあいだがかなり開いていた。故宮の多層球がこんな荒っぽい製法でつくれるはずがない」と指摘していた。NHKスペシャル「シリーズ 故宮」に疑問
 今回の故宮日本展に象牙多層球は残念ながら展示されていないが、こういう科学的な観点から、象牙の多層球について考えてみるという番組のスタンスは非常によかったと思う。現在、多層球は30どころか50層まで作れるらしいが、今日の製造方法との対比も知ってみたい気がした。

© 2019 Nojima Tsuyoshi