2014/09/30
APECでの「中台トップ会談」を中国が拒絶する理由
*本文は国際情報サイト「「フォーサイト」」で9/22に執筆したものです。
11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議での中台初のトップ会談が取りざたされていたが 、香港に拠点を置く中国政府系のニュースメディア『中評社(中国評論新聞網)』はこのほど、社会科学院台湾研究所の朱衛東副所長が執筆した「同理心でもって習馬会を見つめよう」と題する評論を掲載した。原文はこちら)。
同理心とは、簡潔な訳がなかなか難しい言葉だが、相手の立場を思いやる心がけを指す。「習馬会」は中国の習近平・国家主席と台湾の馬英九総統の姓を取った2人の会談を意味する もので、台湾では「馬習会」となる。
朱氏は「中国大陸の立場から考えれば、北京APECでの習馬会を実現する条件はまだ成熟していない」「一方(台湾)がただ強く希望したからといって実現するようなものではない」などと述べ、否定的な見方を強調した。
馬英九・台湾総統 はかねてから、台湾代表の身分で今年11月10、11日の北京APECに参加し、習近平氏との会談実現を要望してきたが、この評論はいわば中国から台湾への最終的な拒絶を表明したものと見ていいだろう。
朱副所長が所属する社会科学院台湾研究所は政府系シンクタンクであり、中国全体の台湾研究・政策提言の総元締と言える組織で、そのナンバー2の署名付き論文だけに、中国の公式見解に近いものと見て良い。あるいは、公式にはもう台湾側に伝えられているが、さまざまな観測を押さえ込むために、あえて 香港に拠点を置くメディアから丁寧な説明を公にし、順調に進んできた中台関係へのダメージをコントロールするという狙いもあったと思われる。
中国側のきつい一言
経緯としては、もともと中台トップ会談には中国側が積極的な姿勢を見せていたが、馬氏は就任後も台湾の世論や選挙などを考慮して明言を避けてきた。しかし、昨年後半ごろから馬氏は態度を変化させ、12月には香港の週刊誌『亜洲週刊』のインタビューでAPECへの参加を希望すると明言し、その後も様々な場で馬氏自身や政権幹部が意欲を表明していた。これは台湾側にとって、歴史的なトップ会談を実現するだけではなく、台湾が参加できる数少ないメジャーな国際組織であるAPECへの台湾総統の出席という外交上のブレークスルーでもあり、残り任期が1年半となった 馬総統にとっては、選挙のリスクもないという最良のタイミングであるとの論理が台湾側から盛んに語られた。
これに対し、中国側は公式、非公式のルートで「APECでの会談は望ましくない」というメッセージを婉曲的に伝えてきたが、今回ほど、論理的かつ包括的に言及することはなかった。朱氏は評論のなかで「同理心とは相手の立場に経って思考することだ」としながら、このように語っている。
「大陸の角度から考えれば、現在の両岸政治の相互信頼の水準では北京APECでの習馬会の条件は成熟していない」
「大陸は両岸の指導者の会談を望んでいるが、握手してお茶を飲むだけのような、表面的な政治的な効果を追い求める会談のための会談ではなく、現実の両岸関係の平和的発展の過程に役立つものを期待する」
「APEC首脳会議は今回北京で開かれるが、それでも国際会議の場での両岸指導者の会談は『2つの中国』『1つの中国、1つの台湾』などの誤ったシグナルを(国際社会に)送り、両岸関係の長期的発展にかえってマイナスになる」
さらに、朱氏はこんな指摘もしている。
「馬英九の政治的な難局、民進党の強まる牽制、島内民衆の習馬会への意見の分岐などがあるなかでは、現時点で馬当局が両岸関係に実質的な進展を踏み出すことは難しい」
これはかなりきつい一言である。「習近平に会いたいなら、もっとちゃんと台湾の政治情勢を掌握してからにしてくれ。支持率アップや個人の名誉欲のために、初の両岸トップ会談という大イベントを利用しないで欲しい」と語っているに等しいと、私には読み取れる。
「踊り場」に達した中台関係
この6年間、つまり馬英九政権が誕生して中台関係が改善軌道に乗って以来、中国は台湾に対して、基本的にポジティブな話はできるだけ大げさなほどにアピールし、ネガティブなことは間接的な表現にしてできるだけ小さく見せるように語ってきた。これは、日中関係とまったく対照的であり、台湾工作に対する一種の特別扱いが常態化していたのである。
しかしながら、いくら台湾の頼みでも、APECへの馬氏の参加だけは中国も応じるわけにはいかなかったのだろう。 残りの馬氏の任期中でのトップ会談の芽が完全に消えたわけではないが、国民党が全体に低迷傾向にあることが明らかななかでは、2016年の総統選までは動向を見極めたいという計算が中国では強まっているように思える。台湾と中国との関係はこの6年間、常に良好な状態にあり、上向きトレンドが続いていたが、今年3月のひまわり学生運動の影響もあり、ここにきて明らかに転換点として1つの「踊り場」に達したことを今回の朱氏の論評は物語っていると言える。