2014/10/16

その他

酒井充子監督のドキュメンタリー映画「ふたつの祖国、ひとつの愛―イ・ジュンソプの妻―」を観た。「台湾人生」「郭茂林」「台湾アイデンティティ」に続いて、毎年のように勢力的に作品を発表している酒井さんだが、僭越ながら言わせていただけば、この作品はこれまでで一番の出来だと思う。上映時間の80分が短く感じた。

タイトルにもあるが、この映画のテーマはまぎれもなく「純愛」である。

戦前、山本方子さんという恵まれた家庭に生まれた日本人女性が、朝鮮半島からの留学生であるイ・ジョンソプと、お茶の水の文化学院で出会った。二人は恋に落ちたが、戦争のため、空襲を受ける日本から二人は朝鮮に渡って結婚し、二人の子供をもうけた。ところが朝鮮戦争が始まって南北が分断され、家族で釜山、そして済州島へと流れ着く。

イ・ジュンソプは西洋画画家で今日は韓国で高く評価されているが、当時はまだ西洋画家が韓国で受け入れられていない時代で、絵も売れず、家族の生活は困窮をきわめた。生き残るため、方子さんと子供二人は日本に戻ることを選ぶ。ところが、日本と韓国は当時まだ国交もないため、イ・ジュンソプは日本に渡ることもままならず、そのまま体調を崩して39歳で亡くなってしまった。方子さんはその後はデザインなどを仕事をしながら再婚もせず、子供たちを育て上げた。

作品は、現在、92歳でご存命である方子さんの独白に、二人が交わした手紙や韓国ロケなどの映像を絡めながら、ひとつの物語に仕立てているのだが、とにかく方子さんという「素材」がすばらく、語り口は淡々としているのだが、動作や表情にかわいさがあふれ、感情移入してしまう。そして二人のかわした200通もの手紙に込められた純愛の言葉のひとつひとつが心を打つ。

時代が時代ならば、だれもがうらやむ芸術家夫婦として人生をまっとうできたに違いない。戦争の悲劇は、戦場にあるのではなく、遠く離れた社会に起きる。そのことを改めて実感させられた。

酒井さんの技量が巧みだったのは、こういう壮絶なドラマを生き抜いてきた人たちが私たちの周りにいまもひっそりと生きているということを、映画のなかで日常のシーンを随時挟み込むことで印象づけ、なんのへんてつもない日常のなかにニュースがあるというノンフィクションの基本を教えてくれる。冒頭に路地を方子さんが横切っていくシーンがとても印象的だった。

12月からポレポレ東中野で公開。ぜひおすすめです。公式HPはこちら

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