2017/05/15

香港映画

 香港映画「一念無明」を台湾で見た。香港映画の質が、このところ、急激に良くなっていることを改めて実感させられた。香港映画がなぜ面白くなったのか?それは香港が中国から理不尽が圧迫を受けていると、少なからぬ香港人が考えていることが関係しているように、私は思う。そして、そのストレスが香港人の表現に、ちょっとしたエネルギーを与えている。
 今年7月に日本で公開される「十年」はまさにそうだった。この「一念無念」は必ずしもしも中国問題と直結しないが、袋小路に追い込まれた香港人の心理状態が作用しているような、そんな思いが、見終わったあとはしばらく脳裏に去来した。

 「一念無明」は、煩悩の世というような意味らしい。登場する人に、一人として幸福そうな人はいない。苦しんでいる人ばかりである。その苦しみようも尋常ではない。登場するのは4人家族だ。夫婦はとうに離婚している。長男は米国に渡って成功しているが戻ってこない。次男が母親の面倒を見ているが、認知症によって体の痛みや人生の後悔に苛まれ、次男を攻め続ける。その次男はある日、思い余って母親を殺害してしまう。そしてそのために精神病を発症する。映画は、精神病棟から退院する次男を迎えにいく父親のシーンから始まる。
 私はちょっとだけ香港で暮らした経験があるが、映画で出てくる狭い家、細い階段、汚い裏道、弱いものにはとことん冷たい社会の有りような、なんとなく、手触りのある感覚としてわかるところがある。それでも昔は「勝手気ままに行きていく」という爽快感もあったのだが、最近は、中国の圧力で言論や商売の自由も制限されるようになり、何よりも「自由」よりも上位のものがあるということが、香港社会に与えている無力感は小さくないと思う。
 この映画は昨年香港で公開され、多くの賞をとって、世界各地で高い評価を受け続けている。監督は1988年生まれの黄進という若手。香港の映画界に新しい才能が現れた。これからも彼の作品は見逃せない。

予告編はこちら。

© 2019 Nojima Tsuyoshi