埼玉県飯能市。秩父山系の登山口にあたり、渓流と温泉で有名な名栗にいってたき。
「蒋介石の書」を見せてもらうためである。
名栗は初めてだったけど、新緑の緑がほんとうにまぶして美しかった。
鳥居観音という巨大な寺院があって、そこの「鳥居文庫」に蒋介石が残した書があるという。
蒋介石についての本を書いている関係で、どうしてもみてみたいと思い、
東京から中央道→圏央道→青梅から山道を通って2時間かけてたどりついた。
主管の川口さんにお話をうかがって、案内された鳥居文庫の展示場に、
本当に蒋介石の書があった!「水野同志 無量寿者 介石」とある。

$私は書きたい

水野同志とは、水野梅暁という戦前に日中関係の裏方として活躍した仏教者。
介石とはいうまでもなく蒋介石のことである。二人には交流があったらしい。
「無量寿者」とは、仏教の阿弥陀如来の梵名アミターブの漢訳で、無限の命を持つという無量寿仏という言葉の最後の文字を入れ替えたもので、水野への敬意を表すために蒋介石が書いたとみられる。

この額縁、昨年の「なんでも鑑定団」で本物と鑑定され、200万円という高額の評価額がついた。筆跡鑑定までやったのかどうかわからないが、今度台湾にいくとき、中正記念堂にある蒋介石の書と比べてみよう。

(追記)
ブログを見ていただいた知り合いの研究者から、この書は蒋介石の手によるものではなく、満州国の政治家だった「謝介石」の書である可能性があるとのご指摘をもらいました。
蒋介石は普通、書には「介石」ではなく「中正」と書いていたことと、水野梅暁の満州人脈も考えあわせると、ということで、確かに言われてみれば・・・。近く台湾にいくので確認してきます!

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