2012/10/26

中国

村上春樹ではなく、莫言がノーベル文学賞を取ったが、受賞者決定のあの夜、会社の仕事でいわゆる「予定稿」をたくさん準備して村上受賞に備えていただけに、選考委員会の「モーイェン」という英語を耳にした途端、職場には何とも言えない空気が流れた。

アジア人の受賞だから本来はニュース価値は日本でも高いはずなのに・・・。そして、日本人が莫言の受賞にあまり喜べない理由の一つには、尖閣諸島をめぐる昨今の日中関係のなかで、また一つ、中国側に「してやったり」と喜ばせる材料になるという予感が心の中に走ったからではなかっただろうか。

それではいけないと思いつつ、正直なところ、私はそんな風に思ってしまった。
ところが、いままでの中国側の反応をざっと見回してみると、喜ぶには喜んでいるが、どうも手放しで狂喜している、というところは見られない。もちろんメディアや作家協会は喜びのコメントを出してはいるが、どこか形式的で、素っ気なく感じる。

ノーベル賞は中国にとって鬼門というか、仇というか、相いれない存在だった。天安門事件で中国を捨てて文学賞を取った高行健、平和賞のダライ・ラマ、そして、一昨年の劉暁波。どれも「体制外」ばかりの受賞で、そのたびに中国政府は批判・黙殺、そしてノルウェー政府への「嫌がらせ」も続け、「ノーベル賞の受賞は欧米への屈服」ということになっていた。

今回、「体制内」の莫言が受賞したからといって「世界に認められた中国文学」とか「偉大なる中国の精神文明が評価された」とか、そんなコメントはあまり出す気にはならないのだろう。

それに、莫言がどこまで中国人にとって親しまれている作家であるか、という問題もある。
決して「国民的作家」というわけではなく、「難しい本を書いている偉い作家」という程度の認識で、逆に「国民的作家」とも言える村上春樹の受賞待望論すらあった。莫言の本、以前私も読んでみようとしたがともかく分量が多すぎるし、文体も凝りすぎて、とっつきにくく、半分も読まないうちに挫折した記憶がある。

莫言と村上春樹については、網易というポータルサイトが面白いウエブ緊急世論調査をやっていた。26日時点の結果はこうなっている。

「村上春樹と莫言、どっちが好きか」という質問には、24%が莫言、51%が村上春樹と回答している。
「村上春樹のどの本を読んだことがあるか」に対し、最高の「ノルウェイの森」は72%の参加者が「読んだことがある」と回答していた。
一方、「莫言のどの本を読んだことがあるか」に対しては、最も有名なはずの「赤いコーリャン」でも21%に過ぎなかった。
 このあたりに、中国においても莫言はいわゆる国民的作家ではないのに対し、村上春樹は中国人ではないが事実上の国民的作家という位置づけていいことがうかがえる。

(国際情報サイト『フォーサイト』http://www.fsight.jp/野嶋のコラムより転載)

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