2012/12/25

中国

先週、中国大使の赴任を控えた木寺昌人氏にインタビューをした。約1時間にわたって話を聞いたが、基本的には慎重さ、手堅さが際だつ内容だった。木寺氏のペースを崩せないかと思ってあれこれ変化球の質問を投げてみたが、さすがに赴任直前とあってガードが堅く、なかなか乗ってこなかった。

 唯一、話に引き込まれたのが、木寺氏の名前の「昌」の字が、中国の都市の武昌(武漢の一部)から取ったものだということ。木寺氏の生まれた日は1952年の10月10日。10月10日は双十節と呼ばれ、辛亥革命が武昌からスタートした日だ(武昌起義)。木寺氏の父親は孫文を尊敬していたという。その父親が双十節にちなんで「昌」の字を与えた。木寺氏はフランス留学組でチャイナスクールでもなく中国勤務の経験もないが、この名前にまつわる故事来歴は、これから木寺氏と会うことになる中国人たちを喜ばせるに違いない。

 私が思うに、日本の外交官は主に3つのタイプに分かれる。

 1つは、才気走ったところがあり、国家戦略や外交戦略を常に考え、先を見据えた手を打ちたがる軍師タイプだ。小泉政権時代に北朝鮮外交を仕切った田中均氏、現在、経済担当の外務審議官職にある鶴岡公二氏などがそれにあたる。こういう人たちとインタビューすると楽しい。才気が溢れ出してきて、回答の端々に「個」の自負がうかがえるからだ。

 一方、十分に優秀で戦略的なのだが、そうした点をほとんど公の場ではさらさない能吏タイプ。駐米大使になった佐々江賢一郎氏や、藪中三十二氏などがそれにあたった。彼らは外交=機密という認識が骨の髄までしみこんでいて、外務省や政府の利益にかなうと判断して意図的に行なうリーク以外は、面白い話やネタになる話はなかなか漏らしてくれない。

 3つの目のタイプは、それほど能力も野心もなく、試験の成績が良かっただけで外交官になった役人タイプ。彼らは、基本的に大使にさえなれればいいと考えているのがみえみえで、話を聞いても、動きをみていても、全然面白くない。

 さて、木寺氏はどのタイプかというと、もうおわかりかと思うが、能吏タイプとみて間違いない。このタイプは、粘り抜いて決して全面降参しない。苦境にあっても実を取ろうと最後までもがき続ける。その意味で、決して打たれ強いとは言えなかった民間出身の前任者、丹羽宇一郎大使とは対照的な人材である。木寺氏はある意味で同期の西宮伸一氏が赴任直前で急逝したことを受け、外務省の人材難のなかで半分は消去法で決まった形ではあるが、国交正常化後で最悪とも言えるこの時期の中国大使として結果的に「適材」であったと言える結果になることを期待したい。

*国際情報サイト「フォーサイト」http://www.fsight.jp/(有料)に掲載したものを転載しています。

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