「王さん、人生山あり谷ありです」
過日、このブログで、大学生時代に中国の長春に留学していたとき、
留学先の吉林大学で交流した中国人の大学生だった人に偶然東京で出会ったと書いた。
その人は王衆一さんという人で、「人民中国」という中国で日本向けに発行されている日本語雑誌の編集長をしている。
王さんが朝日新聞社を訪問したとき、偶然、対応したのが私だった。
お互い「どっかで会ったことがありませんか」という話になって、お互い思い出したのである。
その王さんが今週、再び東京を出張で訪れ、再会したとき、びっくりする「お土産」を持ってきてくれた。
それは、私が留学を終えて長春を離れるとき、王さんに書き残した「贈る言葉」のコピーと、
一緒に何人かの仲間と写した写真だった。

$私は書きたい

そこで私は「人生山あり谷ありです」と書いている。
当時、私は18歳。大学に入ったばかりで、最初の夏休みに中国にやってきた若造だった。
何の苦労もしてきたわけでもないのに、何でこんなことを書いたのは、まったく分からない。
あのときから、27年が過ぎている。確かに、山あり谷ありであることは、
この年齢になると、誰もが多少は感じているところである。
それでも、大した山を越えたわけでも、大した谷に落ち込んだわけでもない。
18歳の自分がこんなことを書いていることに赤面する思いだった。

そして、もらった写真のカラーコピーの右端が私で、左端が王さん。
この写真を、あとで会社の同僚に見せて、「何歳に見える?」と聞いたら、
「30歳?」とか「最近のですか?」などと聞かれた。
18歳だったことを教えると、みんな一様に驚き、「老けた18歳ですね」と笑われた。

$私は書きたい

王さんと話していて、二人の思いが共通したのは、「あのときは良かった」という思いだ。
それには、日本と中国、それぞれが別の事情がある。
当時の日本は1987年。バブルの真っ盛りで、未来に対して何の不安もなかった時代だった。
別にバブルが良かったとは思わないが、その後に訪れた「失われた20年」の間に、
なんとなく内向きになって精気を失ったいまの日本のことを思うと、
少なくとも、大した意味もなく元気で前向きだった当時の日本を懐かしく感じる。

王さんが暮らす中国にとっては、大躍進や文革で中国が大混乱の日々を送った50年代後半から70年代前半までの「失われた20年」にようやく終止符を打ち、
中国が改革開放に完全に乗り出して行き、まだ天安門事件も起きていない時である。
中国人の口から「80年代は良かった」という話を聞くことは多い。
そんな中国は、確かに、交流した学生たちは純粋で、明るく、前向きだった。
その後の中国の20年間は、「失われたものを取り戻す20年」であり、
中国社会は豊かになり、都市は発展し、中国は名実ともに大国となったが、
いまの中国人が好きだという中国人には最近お目にかかったことはないほど、
中国人はあまりにも現実的になり、浪費や消費に夢中になり、
友情や愛情、礼儀、礼節といった従来の中国文化が大切にしたものを失ったと、多くの中国人が感じているのは事実だし、私自身もそういう気持ちになる時はたまにある。

当時、私は「人生は山あり谷あり」ですと書いたことは、
ある意味で、日本と中国のその後の歩みを考えれば、間違っていなかったかも知れない。
中国は山を、日本は谷を、それぞれが体験した。
いま、日本はアベノミクスによって景気回復が始まりつつあり、谷を抜け出すかも知れないという時を迎えている。
一方、中国は経済成長がピークを過ぎ、これから下り坂が始まる兆候が現れている。
これからまた、新しい「山あり谷あり」の20年が始まるのかも知れない。

© 2021 Nojima Tsuyoshi