台湾漁船に対するフィリピン沿岸警備隊の銃撃で台湾漁民の船員1人が死亡した問題で、昨日、台湾の総統府はフィリピンに対する8項目の制裁措置を発動させると発表した。基本的には偶発的な問題のようなので、数カ月内に双方が感情を落ち着かせたところで手打ちが行なわれ、鎮静化していくのではないかと個人的には見ているが、それとは別に興味深かったのが、大使召還など台湾の制裁措置のメニューの中で、フィリピン人労働者の台湾での就労に新規ビザを出すことを凍結する内容が含まれていたことだ。

 外交上の問題で出稼ぎ労働者が制裁措置の1項目に入ること自体が新鮮だ。それだけフィリピンにとっても台湾にとっても現実的なインパクトがある問題ということである。

 日本と同じで極端な少子化と高齢化が進行する台湾は、日本と違って外国人労働者に早くから門戸を開いてきた。特に、病院や介護において外国人を広く活用しており、大きな病院に行くと、ロビーでは台湾人の車いすを押しているフィリピン人やインドネシア人がたくさんいて、ちょっとびっくりさせられる。

 台湾は、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムと協定を結んで労働者を受け入れている。台湾の外国人労働者は約50万人。フィリピン人はインドネシア人と並ぶ最大勢力で、うち27%を占めている。フィリピンにとって、労働者は最大の輸出産業だと言われる。シンガポールでも香港でも、日曜日のキリスト教会周辺にたむろしているフィリピン人を見かけることは日常茶飯事だ。

 台湾の外国人労働者あっせん会社は馬英九政権の制裁発動の決定に対しては「早急に新しい手立てを考えないといけない」と慌てて声明を出した。台湾の労働者部門はベトナムなどから新たな労働者の供給源を広げていく考えを示した。

 いま、東南アジアでは、フィリピン、インドネシア、ベトナムが出稼ぎ3大供給源となっている。タイはすでに自国の労働者が足りないぐらいだ。シンガポールはスリランカなど南アジアにも供給先を求めている。その中で、英語ができるフィリピン人は人気が高く、各国奪い合いとなっているとも聞く。台湾の制裁を受けても、フィリピンには痛くもかゆくもないかもしれない。ともかくアジアの労働者マーケットの動きは激しい。

 いずれにせよ、今回の台湾・フィリピンの漁船銃撃問題は、外国人労働者の問題がアジアでは立派な外交問題のカードになり得るということを改めて教えてくれる。

*国際情報サイト「フォーサイト」で執筆したものです。

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