href=”http://stat.ameba.jp/user_images/20130916/14/nojima-tsuyoshi/37/c5/j/o0800060012685503925.jpg”>$私は書きたい

 台湾では反原発運動が活発で、安全性について疑念を持たれている第4原発を稼働させるか否か年内の住民投票が想定されている。馬英九政権を中心とする推進派と、民間団体や学生、野党の民進党などを中心とする反対派との間で意見が真っ二つに割れ、日本以上に原発をめぐる社会の亀裂が深まっている。

 そんな台湾に、先頃、反原発グループから招待を受けた菅直人元首相が現れた。滞在中には、稼働中の第1原発を訪問、講演も行ない、メディアの取材を受けた。

 菅氏は帰国後、台湾訪問の状況を報告し、「連日新聞やテレビが大きく報道してくれた」と語っているが、当時台湾にいた私の理解では、台湾では馬英九・王金平の政争のまっただ中で、全体として菅氏の発言は『大きく』はフォローされていなかったはずである。反原発の立場を鮮明にしている民進党寄りの自由時報だけは、連日比較的大きな紙面を割いて菅氏の記事を載せていた。

 興味深かったのは、菅氏が反対運動に参加している人気俳優に向かって「仕事を干されることはないか」と聞いたところ、「それはない」と言われた。これに対し、菅氏は「日本より民主的で自由な社会の雰囲気を感じた」と感想を述べている。

 これは正しい観察で、東電に批判的な発言をしただけで芸能界を干されてしまうということが広く信じられている日本の異常さに比べて、台湾で台湾電力がもしそんなことをしたら社会から袋だたきにあってしまうことは間違いなく、電力会社批判において一般大衆が不必要な懸念を持たないでいられることに注目したセンスは正しいと思う。

 一方で、台湾電力との間でちょっとしたトラブルも起きた。それは、第1原発の訪問の際の発言をめぐる見解の違いだった。

 菅氏の訪問後、台湾電力はプレスリリースで「菅氏は台湾の原発の安全措置が非常に優れたもので、福島第1原発よりも優れている」として台湾の原発の安全性を肯定したと語った。しかし、菅氏は「まったく事実に反しており、私は台湾電力の説明を最初から最後まで聞いていただけで、いかなる意見も述べていない」と反論。

 ところが、台湾電力はメディアの取材に「訪問の状況はすべて録画しており、菅氏は確かに緊急ディーゼル発電機や予備冷却水の準備、炉心冷却システムなど福島第1原発よりも優れている点が6つあると語った」と再反論するなど、言った言わないの水掛け論になってしまった。

 それにしても、民主党の政権中枢にいた人たちには黙っていられない人が多い。尖閣諸島問題や歴史問題をめぐる発言で鳩山由紀夫元首相が中国から大歓迎されているかと思えば、反原発運動が盛り上がっている台湾に菅元首相が姿を見せて反原発で大いに語る。辞めた首相は口を閉ざしていろと言うつもりはないが、彼らが日本と海外を分けて考えていない点について少々違和感を持ってしまうのは私だけだろうか。

 例えば、中国に行って尖閣諸島の領有権が日本にあるとは言い切れないと元首相が言うことは、日本と対立する中国政府の姿勢に合致しているため、宣伝に利用されて結果的に日本にとってマイナスに働く。日本政府と現在うまくやっている馬英九政権が推進する第4原発の稼働について元首相が反対の声を上げることを馬政権は好ましくは思わず、日本外交にとっては決してプラスにはならないだろう。

 もちろんいろいろな立場があって、すべてに配慮しきれないことは理解できるが、だからこそ、トップを辞めて数年程度のまだ生臭さが残っている政治家は、海外であまりセンシティブな個別の問題に口を挟まないほうがいいのではないだろうか。日本の外交戦略とかアベノミクスとか大所高所に立った論議を海外でするのならいいのだが、尖閣諸島問題や原発問題で論争をするべき主戦場は海外ではなく、日本であると考えてもらいたい。

*国際情報サイト「フォーサイト」で発表したものです。

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