今回、台湾で起きた馬英九総統と王金平立法院長との間の政治闘争で、馬英九は王金平の国民党の党籍剝奪にいったんは成功したかに見えたが、王金平が求めた国民党籍の地位保全の仮処分が台北地裁で認められ、今のところ「1勝1敗」という形で、馬英九・王金平抗争は膠着状態に陥っている。

 ただ、それとは別に、今回の問題の発端が王金平の電話に対する盗聴の内容であったことで、台湾における盗聴の実情が改めて問われることになった。意外かも知れないが、民主化が進んだとはいえ、台湾は世界でもトップレベルの「盗聴大国」なのである。

 台湾の監察委員が2012年4月にまとめた報告によると、過去6年間において、台湾における盗聴件数は5万8187件に達している。1年間でおよそ1万5000件あまりの盗聴が行なわれている計算だ。これは、国土も人口も何十倍も大きい米国の1年間の盗聴件数に匹敵する数字だというから驚かされる。

 台湾でこうした数字が公表されるのは、盗聴はすべて裁判所の許可を得たうえで合法的に行なわれている、という前提があるからだ。盗聴した事実はすべて当事者に告知することが法律では義務づけられている。いわゆる「盗聴票」という文書だ。しかし、この「盗聴票」が有名無実化していることは関係者なら誰もが知っている話である。

 例えば、ある人物の容疑に対して盗聴を使って行なった捜査で黒か白かの結論が出なかった場合、当局は捜査の事実を当人に正直に教えてくれるとは限らない。むしろ教えたがらないだろう。前出の監察委員の調査によれば、全体のうち26%の案件で盗聴の事実告知が怠られていたという。

 台湾では、非常に多くの組織が盗聴を行なっていることも特徴的である。その代表格は法務部調査局だ。ここはスパイ対策の部門であり、最強最大の盗聴チームを持っていると言われている。そして、台湾人はこの調査局を最も恐れている。

 台湾で新聞社の特派員をしていたとき、いろいろな人たちから「外国人記者だから絶対に携帯電話や家の電話が盗聴されているぞ。明らかにしたくない情報源と話すときは、他人名義の携帯を使った方がいい」とアドバイスされた。確かに、台湾の国防関係の特ダネを書いたときとか、馬英九政権の失政を批判的に書いたときに、携帯電話や会社の電話での通話中に、不可思議な雑音がたくさん入ることが多かった。しかし、何の証拠があるわけではないので、これは私の方の勝手な思い込みかも知れない。調査局のほかにも、台湾では国防部軍事情報局、検察、刑事局(警察)、海巡署、憲法司令部などが、それぞれの判断に基づいて盗聴を実施している。

 台湾における盗聴の多さは、基本的に蔣介石・蔣経国父子の国民党独裁時代に戒厳令を敷いて厳しく台湾内の不満分子を取り締まったことと、中国大陸の共産党政権との緊張関係があったため、盗聴という行為がむしろ奨励された「夜警国家」であったことに深く関係している。

 また、現代において盗聴は電話だけでなく、インターネットを含めたあらゆる領域に広がっている。米国の元CIA職員スノーデン氏の問題でも明らかになったように、捜査当局や治安機関は、インターネット経由の情報によって、単なる電話の盗聴以上のプライバシー情報を収集し、蓄積し、利用していることが明らかになった。

 最近読んだ台湾の通信関係の資料では、盗聴に対して安全度の低い通信方法を順番に挙げていくと、(1)通常の固定電話(2)携帯電話(3)公共設置電話(4)LINE(5)スカイプ、という順番だという。スカイプは、独自の暗号化技術を導入しており、非常に盗聴されにくいという。

 ただ、どんな方法でも盗聴という行為が通信の秘密を定めた憲法や人権の理念に違反していることは、日本でも台湾でもどの国でも同じである。その意味で、現代社会において盗聴は必要悪と言えるかも知れないが、その運用については日々抑制的になるべきで、台湾がいつ「盗聴大国」の悪名を過去のものにできるのかは、今回の馬・王抗争から派生した反省点として考えるべき問題の1つではないだろうか。

*国際情報サイト「フォーサイト」に執筆したものです。

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