1人っ子政策違反「張芸謀監督」の堕落と特権

 中国の世界的な映画監督・張芸謀(チャン・イーモウ)氏が、中国の1人っ子政策に違反して複数の子供をもうけながら、何のおとがめも受けていなかった問題が、年末の中国を騒がせ続けている。浮かび上がるのは、1人の反骨精神を持った映画監督が、いつしか「国師」と呼ばれるまでに持ち上げられて特権階級になっていた実態だ。

 張氏といえば「紅いコーリャン」「秋菊の物語」「活きる」などの名作を残した中国を代表する映画監督であり、かつては上映禁止になるような作品も撮った批判精神あふれる映画人だった。しかし、有名になるにつれて作風は変わって大型娯楽作品中心となり、北京五輪の開会式で総合監督を務めるに至って中国政府との密接さは際立つようになった。

 その張氏は、最初の妻との間に長女がいるほか、現在の妻との間にも3子をもうけ、ほかにも複数の子供がいると報じられている。

 中国においては1人っ子政策によって2人以上の子供をつくると罰金を払わないと戸籍ももらえず、ほかにも出産に絡む様々な法令で縛って張氏のようなケースは基本的にあり得ないような制度になっている。

 張氏側は長く沈黙を守ってきたが、12月、「誠実なおわび」との声明を出し、「現在の妻との間に息子2人と娘1人がいる」ことだけは認めている。

 問題は、なぜ張氏がここまで自由奔放に子供を作れたのかというところだ。最も印象深いのは「特事特弁」という言葉だ。直訳すれば「特別な件なので特別に処理する」という意味になる。簡単にいえば「特別扱い」だ。

 張氏が生活している江蘇省無錫市は、張氏の子供が「超生」(規定を超える出産)であることを知りながら、張氏のことが「特事特弁」だとして一切不問に付してきたという。

 この「特事特弁」という現象は張氏に限ったことではない。共産党1党支配下の法治が不十分な社会では、この「特事特弁」がまかり通り、共産党幹部を中心に特権階級が誕生し、共産党の権力中枢にいる人間とその家族や友人は「特別扱い」を受けられる社会になってしまっている。

 もともとは批判精神にあふれた独立独歩の文化人であった張氏が、いつのまにか共産党に都合のいい作品しか作らない体制内文化人となり、その特権の甘い汁を実際に吸っていたことに、中国人の間から「やっぱりそうだったか」というため息が漏れているのが聞こえるようだ。

 現在、中国では都市部を中心に段階的に1人っ子政策を緩和する微妙な段階に入っており、そのなかで張氏の問題に中国政府もかなり神経をとがらせている。1人っ子政策を担当する中国国家衛生計画出産委員会は「法律・法規の前で人は平等で、いかなる人も特権を与えられてはいけない」と述べ、有名人だからといって例外は許されないとの立場を強調しており、社会的な批判の矛先が張氏から共産党に向かないよう神経をとがらせているようだ。

*国際情報サイト「フォーサイト」に掲載したものです。

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