10月20日に国際情報サイト「フォーサイト」に発表したものです。書いた時点からは1週間ほど経過しましたが、王金平の比例区出馬への道が開かれそうになるなど、そこそこ見通しとして示した通り、立法院選挙対策で「とりあえずの挙党一致」を国民党は整えながら、一方で、民進党の両岸政策に攻撃のターゲットを絞って「中華民国を守るのは自分たち(つまり両岸関係を安定させるのは自分たちという意味)」だとアピールしています。朱の攻撃はさすがに結構ねちっこくて嫌らしく聞こえます。いま不透明なのは親民党の動きで、朱の立候補で泡沫化がはっきりした宋楚瑜がどうなるのか、果たしてキャスティングボードを握れるほどの戦いができるかが注目されます。

国民党「総統候補交代」の狙いは「立法院救済」か

 国民党の総統候補が、洪秀柱・立法院副院長から、朱立倫・党主席に切り替えられた。一時は徹底抗戦の構えを見せた洪氏だが、党内の大物がすべて「洪おろし」に同意するなど完全に外堀を埋められてしまってはなす術なく、10月17日の臨時党大会では候補資格の取り消しの決議の前に勝敗を悟って1人、会場を立ち去った。総統選挙まで3カ月という時点での候補者の交代は、台湾の総統選で一度も起きたことがない異常事態であるが、問題は、この交代で国民党が何を目指し、選挙情勢がどう変わるかである。

立法院の多数は「過去30年」国民党

 今回の候補者の交代劇から見えてくるのは、国民党はもはや総統選挙の敗北を事実上受け入れ、同じ日(来年1月16日)に行われる国会に相当する立法院の立法委員選挙を救うことに全力を挙げることを決意した、ということだと考えられる。

 台湾の各種世論調査では、総統選では、民進党の蔡英文・党主席に、洪氏はダブルスコアからトリプルスコアの差をつけられていた。この状況は決して洪氏1人の責任というわけではなく、国民党全体に対する不信任という色合いが濃い。より中国との関係強化に前のめりの洪氏から、中間路線を取りやすい朱氏に候補が代わっても、3カ月でこの差を挽回できる可能性は極めて低い。実際、メディアなどの世論調査では、朱氏になっても支持率は5ポイント程度の上昇にとどまった。このことは、誰よりも朱氏をはじめ、国民党の幹部たちは十分すぎるほど分かっているはずだ。だが、このまま蔡氏を「寝ていても勝てる」と言われるほど余裕を持って戦わせては、蔡氏に立法委員の選挙応援に全力を挙げさせることになる。「善戦」と言えるような選挙戦に蔡氏を引きずり込み、民進党の選挙リソースを総統選に集中させることが1つの狙いである。

 というのも、国民党にとって、民主化から過去30年間にわたり、他の親国民党政党との連立の形を含めて、立法院の多数は1度も失ったことはない。民進党の陳水扁総統時代も、陳総統がいろいろ独自色のある政策を打ち出そうとしても、ことごとく立法院でつぶされる結果に終わり、独自カラーが出せなかった苦い経験が民進党にはある。日本の衆参のねじれにやや似た構図である。

ミニ政党に転じる可能性

 そのため民進党は、今回の選挙で「完全執政」を掲げて選挙戦を戦っている。完全執政とは、総統と立法院の両方を制することを意味する言葉であり、立法院の単独過半数、あるいは、連立できる小政党と組むことで過半数を制することが、今回の選挙の最大の目標なのである。

 現有勢力では、全113議席(現在は欠員1)のうち、国民党は65、民進党は40、残りはその他の小政党になっている。今回、立法委員の選挙でも民進党は有利な戦いを進めており、内部の調査などでも単独過半数を視野に入れた戦いを展開している。一方国民党は、現有議席から40議席前後まで減らしかねないとの情報が国民党内部では流れており、この議席をできるだけ過半数の57議席まで近づけていくことが、党主席と総統候補を兼ねる朱氏の役割となる。

 そうしないと、日本統治時代の接収財産を取り込んだ国民党の豊富な党資産などを強制的に解体するための法律を民進党に立法院で通されてしまい、国民党は再起不能な打撃を受け、今後は単に中国との関係が深いだけのミニ政党化(台湾では1990年代に統一を掲げて勢力を広げた「新党」にならって『新党化』と呼ばれる)に転じてしまう可能性があるからだ。

 もともと今回は力の温存を狙っていた朱氏があえて火中の栗を拾う役割を買って出たのも、洪氏を候補としたまま立法委員選でも大敗北を喫してしまえば、党の基盤が回復不能なほどに損なわれ、自らの政治家としての未来すら閉ざされてしまうとの計算、判断があったのではないだろうか。

「主戦場」は立法委員選

 では、朱氏の登場によって、国民党は選挙情勢を改善できるのだろうか。明るい材料としては、今回、怪我の功名で、バラバラだった党の大物たちが「洪おろし」でうまくまとまり、それぞれの利害関係も整理されたので、かろうじて「挙党態勢」に近づいたことだろう。もめている立法院院長の王金平氏の比例名簿掲載にも朱氏は柔軟に対処することを早速におわせている。総統選後には朱氏の後がまの党主席に呉敦義副総統をすえるなどの「利益交換」の噂も広がっている。朱氏は新北市の市長だが、辞任せずに総統選を戦う方針で、それぞれの「選挙後」の処遇も洪氏おろしを機に「談合」された可能性がある。

 前述のように総統選の逆転は難しいが、立法委員選については、今後、本土派の大物である王氏や呉氏の力も借りられることになれば、いくつか危機にあった議席で救われるところがあり、比例区の得票率も上がるだろう。そのなかで、国民党の過半数は無理としても、民進党の過半数を阻止し、さらに、無党派の議席や、あわよくば現在は敵に回っている親民党まで引き込めば、もしかすると過半数を維持できるという希望も出てくる。

 朱氏の出馬で、台湾の総統・立法委員の同日選は新たな局面に入ることになった。主戦場は、もはや総統選ではなく、立法委員選である。(野嶋剛)

© 2024 Nojima Tsuyoshi