2016/12/17

台湾映画

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 中国語でお別れのときによく使う「一路順風」は、日本語に訳すると「よい旅を」ということになる。「お気をつけて」でもいい。ただ、もっと深い意味を持っていると感じるところがある。人生、いい時ばかりではない。しかし、人を送り出すときに「一路順風」という言葉を使って人を送り出す。そこには、ある種の優しさが「よい旅を」よりも深く込められている気がしている。
 監督の鍾孟宏のことを私は、台湾で最も実力のある監督だと思っている。実力というのは、現時点で安定した傑作を常に作り出せるという意味で、その点では、この人をおいてほかにいない。1980年代からの台湾ニューシネマの伝統を引き継ぎつつ、2000年以降の台湾本土映画路線も取り込んでいる稀有な台湾の映画監督である。1965年に生まれ、ドキュメンタリーからこの業界に入った。脚本、監督、撮影のすべてをこなす。カメラマンとしては「中島長雄」の名前を使っている。
 2008年の「停車」、2010年の「第四張畫」、2013年の「失魂」。そして、この「一路順風」 とほぼ3年おきに作品を世に送り出しているところも、私はすごく評価したい。創作に携わる人間であるならば、映画も本も楽曲も、その人間にふさわしい一定のペースで世に送り出すべきだ。
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 作品としての完成度は高い。すべての登場人物やストーリーがそつなくまとめられている。意外性はない。むしろ意外性など必要としない作品なのかもしれない。タクシードラーバーを演じる香港俳優の許冠文、そのタクシーに乗り込んだヤクの運び屋を演じる納豆の2人はどちらも表彰ものの演技。黒社会の幹部で納豆にヤクを運ばせる戴立忍がやはりいい演技を見せている。
 この映画で思い出しのは、台湾にいたとき、台湾には「二つの台湾がある」といつも感じていたことだ。台北に代表される華やかなよそ行きの台湾。格好よくて、ほっこりとした温かさもある台湾人たち。
 しかし、台北を離れて、地方に行くと、どうもそうじゃないらしいことに気づく。しかも、想像を超えた荒みっぷり。金が全ての価値観と、小さな暴力の連鎖。それを格差と呼べるのかどうかわからないが、台湾には、外国人が絶対に踏み込めない領域がある。日本のように社会が均質化しておらず、生々しい人間社会の残酷な闇が横たわっているのである。
 この映画は台湾社会のそんな裏通りで始まり、裏通りで終わる物語である。
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 しかし、この作品には救いがある。救いがある作品が好きである。一人の命を助けた主人公は、最後に生きながらえた。一人の命を奪った男は、自分の命を失った。ゆきずりの運び屋を嫌々ながら最後まで助けた運転手は、報酬を受け取り、誕生日の「ある願い」を叶えた。運び屋は最後まで誰のことも裏切らなかった。
 人が生きているうえでは、ほめられたものではない仕事もやらないとならないときはある。しかし、そのなかでも、最低限の情や義理を通すか通さないかで、人の生き様というのはずいぶん変わってくる。健さんのようにカッコいい任侠に誰もがなれるわけではない。しかし、少しは格好つけたり、いい人ぶったりするところに、人間の最後の砦みたいなものがあるようなきがするからだ。そんな普通の人間の格好よさを感じさせる映画である。

© 2021 Nojima Tsuyoshi