2020/11/30

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(長文です)この週末、2018年に急逝した翻訳家の天野健太郎の実家(愛知県岡崎市)を訪ねました。偲ぶ会を開いたご縁で、お父さんの天野真次さんと文通でつながっていて、二度目の命日を機に、ようやく御位牌に手を合わせることができました。
「風景と自由 天野健太郎句集」(新泉社)の出版も重なり、二時間ほど、お姉さんも一緒に思い出話しに花が咲きました。実家はご両親がお花屋さんを経営されています。その一角を真次さんが日曜大工で仕切り、天野の蔵書(たぶん千冊以上)で埋め尽くしました。私の本も五冊ぐらい入っていて嬉しかったです。

その中に遺影と遺骨もおかれて、不思議に心が休まる空間になっていました。今回初めて知りましたが、天野の一族には村松五灰子という著名な詩人もいて、真次さんも若いころは俳句雑誌「ホトトギス」に出入りするなど熱心に俳句をやっていたそうです。天野は亡くなる三ヶ月前、自分の俳句を集めた冊子を「こんなの作った」とだけ言ってお父さんに託したそうです。

真次さんは本を作りたいとツイッターで呼びかけ、応じてくれた編集者が現れ、冊子は「風景と自由」の内容に収められました。さらにツイッター上に匿名のアカウントで天野が残した大量の俳句を毎月整理して真次さんは冊子として知り合いに送っています。花屋の仕事をほったらかしにしているんですと、お母さんが笑っていました。

この世界は、死者によって生者が生かされているのだと、つくづく思いました。この不思議に居心地のいい、ちょうど一坪ぐらいの空間を「天野健太郎文庫」と勝手に名付けさせてもらいました。

天野の翻訳がいいのは彼の言葉の選択が研ぎ澄まされているからですが、俳句の修練が背後にあったのかと個人的には納得感がありました。飾られている本を手に持った天野の写真は、優しくも見えるし、厳しくも見えます。新型コロナの本を置いてきましたが、「次はなに書くの」と叱咤を受けた気がしました。

天野について書いた文章「台湾文学を日本に広げた人物の早すぎる死——翻訳家・天野健太郎氏を悼む
」はこちらです:https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00649/

© 2021 Nojima Tsuyoshi