2025/08/05

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台湾最南端の屏風県・恒春半島で開催された「戦後八十周年記念 バシー海峡戦没者慰霊祭」に参加した。台湾南部は水害レベルの大雨が続き、式典の直前にも視界ゼロほどの豪雨に襲われたが、それでも慰霊祭会場の潮音寺にはご遺族、慰霊祭の実行委員会、日本と台湾の政府関係者、メディアなど100人が集まった。
バシー海峡の慰霊祭は、潮音寺が建立され、2015年に戦後七十周年記念の慰霊祭が開かれてから毎年行われてきた。今年は戦後八十年ということで、高雄での前夜祭から参加させていただいた。昨年には、潮音寺管理委員会と慰霊祭実行委員会が外務大臣表彰を受けている。今年は福岡・厚生労働大臣から初めてのメッセージが送られた。
バシー海峡は「輸送船の墓場」と呼ばれ、10万とも20万とも言われる日本人が海の藻屑と消えた。海岸一体には大量の遺骨が漂着していると言われる。一部の日本メディアは「日本政府が遺骨調査へ」と書いてはいるが、実際のところ、調査を検討している、というところで、実際に遺骨調査に動くかことを決めるまでに、まだまだ解決すべき課題は多いようである。
潮音寺は、高雄から車で2時間。夜台北に戻らないといけないので、レンタカーで向かった。儀式は実行委員会による開会の辞、福岡厚労大臣によるメッセージを片山・日本台湾交流協会代表が代読し、蘇嘉全・台湾日本交流協会長の弔辞、ご遺族の弔辞などがあった。ご遺族の弔辞は残された人々の心情を切々と伝える大変心に染みる内容で、来て良かったと感銘を受けた。
慰霊祭の最後、一行は海岸まで行って花束を海に流した。夜の用事の関係で私は慰霊祭終了時に一向からは離脱。屏東に行くといつも購入する龍眼のハチミツ、鹹鴨蛋を帰り道で買い求めて帰路についた。途中で食べた緑豆蒜も大変美味しかった。

© 2025 Nojima Tsuyoshi