2026/08/04
【夏の本棚】
船橋洋一『戦後敗戦』(実業之日本社)
本書の紐解きのスパイスになっている黒皮の手帳ならぬ黒皮取材ノートは、船橋さんに話を聞かれる人にとって彼がそのノートを何回開いて書き込むか、まるでテストを受けているような錯覚を与えるものだった。シンガポール支局時代と台北支局時代、二度ほど食事を共にしたが、黒革のノートを目にしたとき、そんなことを感じた覚えている。携帯電話のない時代で自宅にも何度か電話がかかってきて、イラク情勢などをヒアリングされるなど「情報」の精査を徹底する姿勢がすごいと思われた。極論になるけれど、日本の国際報道に携わる記者の誰もが一度は、船橋洋一になりたいと願ったと思うが、結局、私も含めて誰もなれていない。
そんな彼の最近の作品は「日本の戦後の二度目の失敗の本質」を突き止めようとする姿勢で一貫していると。なぜ、一度目の高度成長で終わってしまったのか、次のチャンスを生かせなかったのか、失われた三十年はなぜ起きたのか。その問いがずっと彼の中にはあるのだろう。日本社会そのもののありように疑問を突きつけてきた船橋さんにとって「遺言」のような思いで書いた本ではないだろうか(あの人のことだからまたこれで断筆ではないだろうが)。私のような昭和の成功と平成の失敗の両方を経験した世代には、彼の記者人生を沿って描かれる日本政治・社会・経済の失敗の歴史は非常によくわかる内容で、その通りと心の中で相槌を打ちながら読み進めた。ただ、それがいまの世代にどこまで響くのかどうか、正直、わからないところはある。私はいま大学ですでに昭和の成功を歴史としか感じられない世代に向き合っている。彼らは「失敗した日本」を日常として受け止めており、シュリンクする日本社会を前提に人生のリスクを管理し、安心安全に生ていくかを考えている。彼らに「人生の大事なこと」を尋ねると「複利でお金を若い頃から増やしていくこと」と真面目に答えたりする。船橋さんの警句はすでにタイミングを逸してしまったのではないか、世界との距離は不可逆的に広がったのではないか、そんな悲観的な読後感を抱いた次第である。
