周永康は「500日かけて煮込まれた」
*国際情報サイト「フォーサイト」に執筆したものです。

 周永康・元中国共産党政治局常務委員に「重大な規律違反があった」として立件されたことが新華社の速報で報じられたあと、中国のウエブ上で流れたこのジョークはかなり意味深なものだった。

 周永康の立件が中国の中でも確実視され、報道が大幅に制限されるようになったのが2013年3月に開かれた「両会」つまり全国人民代表大会と全国政治協商会議の前後。それから1年半にわたり、中国のメディアや個人のブログ、「微博」(ウェイボー、中国版ツイッター)、「微信」(ウイチャット)などのSNSを含め、「周永康」の3文字を発信することは基本的にタブーとされた。

 せいぜい有力者の葬儀に参列した人々の名簿のなかに何度か周永康の名前が出てくるぐらいで、事実上、胡錦濤政権で序列第9位、最高指導部「チャイナ・ナイン」の1人として君臨した人物が中国から「消えて」いたのである。周永康について、習近平指導部が何をしているのか、おおよそ政治にかかわる人々のなかで知らない人はいなかった。しかし誰も語れない。こういうことをまさに「暗黙の了解」というのかとある意味、感心させられた。

 そのなかで、中国社会では周永康について、いくつかの暗号が生まれた。最初は台湾ブランドのインスタントラーメンの会社「康師傅」だった。周永康の「康」の1文字に、親方のような意味である「師傅」をつけたのである。しかし「康師傅」が次第に目を付けられて発信できなくなると、「康師傅」の商品であるインスタントラーメンを意味する「方便麺」に暗号が変わった。ラーメンは一般用語なので、当局も「敏感語」として取り締まることは難しい。

 摘発が近づくと、次第に「老虎(トラ)」とか「某高級幹部」などと、やや直接的にも呼ばれるようになった。情報をせき止めることが難しくなったのだろう、「周元根」という周永康の幼名で関連情報が流れるようにもなった。ともかく習近平がおよそ500日もかけて煮込んだインスタントラーメン=周永康の味を、いま中国人民は噛み締めて食べているところだ。

 その間、中国のメディア人たちは、Xデーの到来を確信しながらも、身動きできない苦しみに耐えながら、地道にこつこつと情報を集め続け、結果的に賞賛されるべき報道を見せたいくつかのメディアがあった。

 例えば、中国で最も有名な女性ジャーナリストの1人である胡舒立が率いる「財新伝媒」は「周永康が審査を受ける、『筆頭トラ』の事件が明るみに」という記事を皮切りに、「周の青春の月日」「周永康の3つの基盤:石油、四川、政法」「父の名の下で 周氏の財テク録」「罠に囲まれたトラ狩り」などの記事を一気呵成に発表した。これらは60000字に達し、シリーズ「周永康の紅と黒」と名付けられた。このシリーズに目を通せば、ほとんど周永康問題は分かってしまう、というほど力の入ったもので、情報の新しさ、分析の深さ、文章のクオリティなど、どれをとっても一流の調査報道になっている。

 ただ、こうした報道のなかで欠けているのが政治問題への分析であることは、中国の報道の限界も物語っている。習近平指導部の誕生を阻止するために、周永康と元重慶市トップの薄熙来が手を組んで起こそうとしたクーデターは本当にあったのか。江沢民派=上海閥の系譜にみられてきた周永康の立件をめぐり、江沢民はなぜゴーサインを出したのか、あるいは出さざるを得なかったのか。そうした核心的な中南海の政治動向については踏み込めていない。そのことについては、現場の記者たちもやはり忸怩たる思いがあるに違いない。知らないわけではなく、知っていても書けないのである。

 今回の事件について、どのあたりの報道が薄熙来事件と異なるのかも見どころの1つだろう。新華社の公式報道のなかで周永康については「同志」という肩書きがすでになかったが、薄熙来については同志という文字があった。

 また、周永康については「立案審査」だったが、薄熙来は「立案調査」だった。当局から説明のようなものは当然ないのだが、審査と調査の最大の違いは、審査は党内の公式な手続きであるという点だろう。調査があって審査があるという理解からすれば、すでに調べるところは調べ尽くしており、あとは形式的な党内手続きのみでいつでも罰することができる、ということを暗示しているのではないだろうか。同志という文字がないことをみても、共産党体制の「外」にすでに周永康は置かれていることは明らかだ。今回の周永康の事件についての日本での一部の分析では「処理が長引けば党内に亀裂を生むかもしれない」的なものがあったが、おそらくこの件では、薄熙来事件よりスムーズかつ迅速に断罪まで到達すると予想できそうだ。

(野嶋剛)

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