2014/12/17

書評

ひまわり運動をひも解く『百年追求』(2013年、衛城出版)

*もっと台湾のジャーナリストの薦める台湾ブック#2に執筆したものです。

3月から4月にかけて、台湾の国会にあたる立法院を占拠し、中国とのサービス貿易協定に反対する運動を繰り広げた「ひまわり運動」。馬英九政権が譲歩を行い、学生たちの「勝利」に終わったかに見える。しかし、台湾の政治史の中で、今回の運動をどのように位置づけるかについては、いまもまだ「定説」を探し当ててはいない、というのが正確なところだろう。それは「ひまわり」の花が一過性のもので散ってしまうのか、あるいは台湾の国民党・民進党の二極構造にインパクトを与え、台湾の政治シーンを変えてしまうのかについて、2015年末ごろの立法院選挙、2016年の総統選挙などの結果によってしか判断できないからだ。

世界が驚かされた台湾の人々の「民主」と「正義」を求めるパワーと行動力について考えるとき、苦難に満ちた台湾の歴史を振り返る作業が欠かせない。

「ひまわり運動」の原点を知る上でも格好のテキストとなる『百年追求』は全3巻、950ページに達する大著だ。1枚ずつページをめくるたびに、その分量以上に、書かれている事実の「重さ」がひしひしと伝わってくる。今日の「ひまわり運動」につながる1世紀の歩みを振り返った本作の内容は、まぎれもなく、台湾の人々が自らの血と犠牲の上に民主を求めてきた姿を、あますところなく生き生きと記している。

一方で、その「重さ」は、不思議なことに、読後の我々を暗い気持ちにさせることなく、むしろさわやかな読後感とともに、「ひまわり運動」の若者たちへの共感を改めて思い起こさせ、民主に対して努力を惜しまない台湾の人々への尊敬や感動をしっかりと心に植え付けるのである。

本作の企画を立て、第2巻の作者でもある呉乃徳は、あとがきで「人の意思、人の価値を、突出させたかった」と書いている。その言葉は、たとえば、台湾の民主化のきっかけになった蒋経国による戒厳令解除への歴史的見解にも現れている。政党活動の自由化、報道の自由化などは、果たして蒋経国の「英断」だけなのか。その前に流された多くの民主化を希求する人々の血が、蒋経国に決断をうながし、歴史の変化を導き出したという見方だ。本書は、民主化の中で忘れ去られてしまいがちな、しかしまぎれもなく歴史の動力となった一つ一つの事実を意味を、改めて問い直しているのである。

3人の作者が、時代を分けて、執筆を受け持っている。民主への追求というテーマは通底しているが、それぞれの作者の個性は消えていない。全3巻のうち、1巻は陳翠蓮、2巻は呉乃徳、3巻は呉慧玲という、比較的いわゆる「緑」=民進党支持の立場をとる学者が執筆しているが、政治的な色彩はできるだけ抑えられている。

第1巻「自治的夢想」は日本統治時代の台湾が舞台だ。台湾の若者たちは日本留学を経験し、自由民権思想に影響を受け、台湾に戻ると「台湾人の台湾」というスローガンを掲げ、台湾文化協会を設立して日本政府に自治を求めた。しかし、戦争の波が押し寄せるとともに強まった圧力のもと、その活動はあっという間にしぼんでいく。

第2巻「自由的挫敗」が扱うのは国民党の権威主義的統治の時代だ。この時代には、二二八事件や白色テロなど、中国大陸から渡って主導権を握った「外省人」が、もともと日本統治時代から台湾にいた「本省人」を抑圧・弾圧するという構図が語られてきたが、外省人を中心とする知識人グループが「自由中国」という雑誌を創刊し、蒋介石の言論統制に対して異議申し立てを行って、反対政党まで作ろうとして失敗に終わった歴史が描かれている。

第3巻「民主的浪潮」は現在に近づき、1980年代以降の物語となっている。中壢事件、美麗島事件、林義雄家族の殺害事件、陳文成、鄭南榕の自焚事件など、「両蒋」と呼ばれる蒋介石、蒋経国の父子による長期間の権威主義的統治に対し、民主を求める人々の声がわき上がり、多くの犠牲を伴いながらようやく民主への道筋をつけることになる。しかし、物語は円満には終わらない。台湾の民主は完成していないからだ。後々の世代に希望を託しながら、物語は結末を迎える。

本作を通じて感じるのは、台湾の人々の負けることを恐れない勇気であろう。決して派手ではないが、粘り強く、1歩ずつ相手の陣地に攻め入っていく。他国に見られるような流血や断罪の結末は避ける優しさもある。その優しさがときに民主化の不徹底を生み出す。現在、台湾社会に「民主化第二幕」を求める声が高まっている理由も本書を読むとわかってくる。

私のような40代は1990年以降の自由な台湾しか知らないが、自由と活気にあふれる台湾社会の背後にはこうした歴史の積み重ねがあることを痛感させられる。本書は台湾で「2014国際書展大賞」や「中国時報開巻好書」などを受賞している。

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