尖閣諸島上空を含む東シナ海の空域に中国が新たに設定した防空識別圏(ADIZ)によって、尖閣諸島上空まで中国の防空識別圏に入ってしまうことになり、日本では「尖閣諸島領有を狙う中国の新たな1歩」という分析が多く見られた。それは必ずしも間違いではないが、より俯瞰的に見れば、現在の防空識別圏が歴史的に米国主導の「反共ライン」に沿って決められていたことに対し、今回、中国が明確に異議を唱えたものであり、本質的には東アジアにおける米国の軍事覇権に対する中国の挑戦の一環と見るべきだろう。

 現在の防空識別圏を決めたのは日本ではない。米国である。1945年に日本を占領した米国が設定し、その後、沖縄返還に先立って1960年代末までに日本に引き継がれた。その際、中国と交渉したことはなく、米国が圧倒的に優勢な空軍力のもと、いわば勝手に引いた線であるのが事実だ。

 そのため、防空識別圏の中国との境界は日中の中間線を大きく超え、中国の排他的経済水域の空域に深く入り込んで、中国側の領海にもかなり近づいているところまで広がっており、中国が不公平感を持つのも分からないではなく、この従来の防空識別圏に中国が不満だったことは周知の事実であった

 防空識別圏の問題で思い出すのは与那国島問題だ。日本と台湾との間の防空識別圏で、台湾の防空識別圏が与那国島の現実の島の上空まで及んでいた。2005年ごろから日本側はその変更を台湾に求め、最初は台湾側も抵抗したが、確かに日本の領土上に台湾の防空識別圏が入っていることは論理的にはおかしい話ではあるので、最後は台湾も与那国島の領土から少し台湾側に線を引き直すことを認めた。これも米国が防空識別圏を設定した戦後期にその線引きが大雑把だったために起きた問題だった。

 中国の新しい防空識別圏に「食われた」のは、日本だけではなく、韓国、台湾も含まれており、これらはいずれも米軍の影響下で冷戦時代に「反共ライン」を形成した東アジアの同盟パートナーであることも偶然ではない。

 現在、中国と友好的な関係を保っている台湾に対しても、今回は中国が事前に相談した形跡はない。中国は今回の行動を2国間の問題としてではなく、東アジアの軍事勢力がどう変わるべきかという大きな戦略のもとに決めていると見られる。日本がどのように抗議しようと中国は交渉に応じることはないだろう。この問題に何らかの解決を見いだす能力と資格を持っているのは日本などアジアの国々ではなく、米国しかいないのである。

 防空識別圏は基本的に空の縄張りのようなもので、国際法上の権利として守られる領空や領海とは違うため、各国がどう行動するかなど、秩序は暗黙の了解によって維持されている。中国と日本など他国の防空識別圏がこれだけ広範囲にわたって重複していると、どうしても不測の事態に陥りやすくなるのは間違いない。その意味では、東アジアの空は軍事大国・中国の登場によって新しい勢力図に書き換えられるかどうかのターニングポイントに入ったと考えるべきだろう。

*国際情報サイト「フォーサイト」に執筆したものです。

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